オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

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シェアハウス物語 21 黄金の部屋にて(3)  

「大丈夫」
「よかっ……」
「とは簡単に言えないけど、そうであってほしいと思う」

 それだけですべてを察することはできないものの、宇宙もムーカイも神妙な顔つきになった。

「名まえはメアリー・アン(Mary Ann)。二十一歳。フィリピンから来たんだって」
「二十歳過ぎてたんだあの子」

 宇宙が目を丸くする。顔を見た時、日本人ではないとわかったけれど、歳や国籍までは分からなかった。細く華奢な体つきから、高校生くらいかと思っていた。

「住んでいるところが、一つ向こうの町会だったからびっくりしたよ。新しい家やマンションがどんどん建っている方」

 このシェアハウスがあるエリアは、昔からの土地と開発中の土地とで構成されている。シェアハウスのある駅に近い側が昔からの地域で、その周りを円を描くよう新興住宅地が開発されていた。一応、計画都市化されているらしい。

「この春から、新しく建った賃貸マンションに住んでいるんだって。仕事は英会話講師」
「ニーちゃんと同業?」
「留学生じゃないんだ」
「けど、今日クビになったらしい」

 ムーカイと宇宙が同時に「えー!」と双子のようにのけぞる。

「それがあの怪我の原因?」

 宇宙からの問いに、現は眉をハの字に下げるだけにして、出来上がったうどんを三つ盆に乗せるとキッチンを後にした。

「ま、後で事情は聞けるよ」

 現の背中が見えなくなったところで、ムーカイが片づけを始めた。鍋などを軽く洗い、宇宙がタオルで拭いて棚にしまう。シェアハウスでのこの連携作業も慣れたものだ。そうしているうちに、現が早々に戻ってきた。

「ムーカイ、俺の分のカレー、残ってるよね」
「あるある」

 現はカレーの鍋を覗いて火にかけた。お玉でかき混ぜはじめると、香辛料の香りがほんのりと再びキッチンに流れた。

「ソラのカレー、電子レンジでチンしようか?」
「うん。自分でやるよ」

 現、ムーカイ、宇宙の三人が、それぞれのカレーの皿をダイニングテーブルに運ぶ。お茶も淹れ直して、改めてテーブルに着いた。

「ニコールが来て、英語の会話がスムーズになった」

 現がおもむろに話し出す。ムーカイは息を呑んで、宇宙はカレーを飲んで、次に来る現の言葉を待つ。

「メアリー・アンのいた英会話スクールは、相当のブラック企業だったらしい」

 いつもなら食事をしながら陽気におしゃべりをするムーカイも、今は黙ってカレーを口に運ぶ。

「日本で英語を教えるのは稼ぎになるとか、住むところは保証するとか、上手い話を信じて来日したのは良いけれど、フィリピン人講師は欧米人講師よりも給料が低く設定されていたり、系列で紹介された隣町のマンションの家賃が新築なのを理由にめちゃくちゃ高いとか、他にも色々」
「酷い話だね」

 現は宇宙の短いコメントに頷き、さらに眉間を寄せた。

「メアリー・アンは大学の学歴がないから、余計に給料が安いんだってさ。英会話講師で給料が足りないなら他の仕事があると、お酒を扱う店で働くことを勧められる、いや、強要されるとか」
「そんな話に乗ったら、どこまでもドロドロと流されていくじゃないか」

 ムーカイの顔が曇る。頭の中でいくらでもドロドロが想像できた。それは、今三人が食べているカレーよりもずっとドロドロ。

「悩んだ上に、意を決して上司に労働関係の改善の話を持って行ったら、こじれて暴力を受けた上にクビになった。とにかく事務所から逃げ出してきたらしい。靴はいつ脱げたのか記憶がないそうだ」 

 宇宙もムーカイも言葉が無かった。

「夢破れた、ぐらいじゃ済まされない。職を奪われて、仲介されたというマンションからもきっと追い出される。勤め先が無くなるということは、日本の滞在も危ぶまれることになるはずだよ」
「これって、いわゆる詐欺じゃないの?」

 ムーカイが口にする。宇宙も同じことが頭に浮かんでいた。

「そうかもしれない。でも、契約書類にあれこれ書かれたことにメアリー・アンがサインしているとしたら、それを覆すことは難しい。日本語で書かれた書類をメアリー・アンが理解したうえでサインしたかどうかは疑問だよね。警察に行くかどうかはメアリー・アン次第だと思う」

 訴えれば事が運ぶ、ということにはならない。宇宙にだってそれくらいは分かる。外国に住むということは、言語プラス複雑な事情が絡むのだ。

「けど今は警察よりも……」
「そうだ。メアリー・アン、病院に行かなくちゃ」

 宇宙が身を乗り出す。

「とりあえず、深刻な外傷はないみたいだから、今夜は黄金で休んだ方が良いと思う。怪我もそうだけどショックも大きいだろうし」
「今はワンちゃんとニーちゃんに任せた方が安心できるかもね。ニーちゃんは同業だし、気持ちがわかる部分も多いんじゃないかな」

 ムーカイの言葉に宇宙も頷く。

「明日、ニコールが仕事休んでメアリー・アンと一緒に病院に行ってくれることになった。言葉のこともあるから。俺ももちろん行く。医者と警察にも色々相談しに行く」

 外国に住む場合、トラブルが起きた時にいつも厄介なのは言葉。アリーも苦労していた。メアリー・アンはこの春からの日本滞在なら、日常会話だってまだままならないだろう。

 流暢に日本語を扱うムーカイとニコールが、そうなるまでにどれだけ苦労してきたか想像するに難い。宇宙の英語は、友人の桧山の足元にも及ばないと自信を持って言えた。

「そういえば……」

 ムーカイが忘れ物を思い出したように目を大きくした。

「どうしてソラもずぶ濡れだったの? まさか、あの子が川に身を投げたところを助けて連れて来たとか?」
「え、違うよ。なに言ってんの、ムーカイ。川ってどこの川のことだよ」

 宇宙が唇を尖らせて首を左右に振る。

「メアリー・アンはシェアハウスの門の前にいたんだ。理由は知らない。声をかけただけで折れそうだった。現さん、その話はしなかった?」
「それは聞かなかったけど、そうだったんだ」
「俺が濡れていたのは、単純に、今日傘を持って行くのを忘れたから」
「駅前のコンビニで買えば良かったのに」

 桧山と同じことを言うムーカイに、宇宙が苦笑する。

「どうしてシェアハウスの前にいたんだろうね」

 現の呟くその疑問に、宇宙もムーカイもしばし無言になった。

 カレーを食べ終わる頃に引きずるような足音が聞こえて、三つのどんぶりを下げてきたワンちゃんがキッチンに姿を現した。六つのつぶらとは言い難い瞳がワンちゃんに曇った色を投げかけた。

「今眠ったところ」

 その一言に安堵する。けれども、ワンちゃんは、それ以上何も言わなかった。洗い物をすませると、静かに二階に戻っていった。

 現、ムーカイ、宇宙の三人も、食事を片付けた後は、それぞれに黄金の状況を気にしながらも自分の用事に向かった。

 猫のシャミーは、一連の騒ぎから何かを察したのか、どこかに姿を隠していた。

 静かになったシェアハウスに、降り続く雨の音だけがサーっと外から流れ込んでいた。


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Comment

Name - LandM  

Title - 

個人経営の医者じゃないとどのみち警察沙汰になってしまうから大変ですよね。この手合いは。特に大きい病院は怪しいことがあったら警察か関係各署に連絡する義務があって、その義務を怠ると病院は罰せられるっさー。

カレー。
余談だけど、大学生以降友達とカレーを食べてないっさ。( ´△`)
なんか家で作るカレーを友達と囲うのが懐かしい。
2017.02.17 Fri 21:25
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

そうですね。病院と警察の連携は欠かせないですね。
現さんが分かっている。と思う。
警察小説にはならない予定ですが、どうなるかな…(汗)

お。カレー。え、そうなんですか。
友達とドカンと作るのは楽しいですよね。
その後一週間はカレーというのも辛いですが…
シェアハウスはムーカイのお蔭でカレーが絶えることがない…?
2017.02.18 Sat 11:36
Edit | Reply |  

Name - lime  

Title - 

メアリー・アン、なかなか大変な事情を抱えてる子でしたね><
でも21歳かあ。
日本でこのまま働かなきゃいけない事情があるのかなあ。出稼ぎ的な……。
解雇されたのと、この怪我との因果関係が分かるといいんだけど。

いずれにしても、宇宙たち、心配ですよねえ。
乗り掛かった舟ですし、ケアしてあげてほしい~。

カレーのシーンや、シャミ―に癒されるけど、あ……シャミーなんとなく姿を消しちゃいましたね。ぐすん(;_;)
2017.02.20 Mon 12:05
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

事情はまあ、以上です(汗)
あんまり掘り下げないで終わりたいんです本当は…(汗2)

乗り掛かった舟は放らないでケアする、予定です(あんまり長くならないように・汗3)
シャミーは家族なんで、また姿を表す予定です(汗4)
メアリー・アンともご対面の予告^^
2017.02.20 Mon 18:58
Edit | Reply |  

Name - 夢月亭清修  

Title - 

そういう事情だったんですね~……う~ん、ブラックすぎる…。

そうそう、どうしてシェアハウスに辿り着いたかが疑問です。
次回分かるかな?
そして今後のメアリー・アンがどうなるのか気になって来ました!
展開が暗いだけにハッピーになって欲しいです^^
2017.02.22 Wed 00:44
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 夢月亭清修さん

コメントありがとうございます。

そんな事情でした…

住んでいるのはシェアハウスの隣の町会にある賃貸マンションです。(←会社関係)
どうしてシェアハウスに辿り着いたかは……次々回かな。それほど引きません(^^;)
つか、物語を終わらせる方向に持っていきたい……(-_-;)
ハッピーかどうかは、どうだろう…思慮中(-"-)
ここに来てちょっと大変になりつつ描いているのですが、生暖かく見守っていただければと m(__)m
2017.02.22 Wed 13:34
Edit | Reply |  

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