オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

夢叶 111 

ピカピカに磨かれたこげ茶色のカウンターの上に、シナモンの添えられたカプチーノの白いカップが、ぽつんと放ったらかしにされている。

ぼわんと浮かぶクリームが手をつけられることなく、少しずつエスプレッソの中にしぼんでいく。

「マスター、こいつ帰って来る気あると思います?」

残業も飲み会もなく、久々に定時で上がってきたという花園が、ため息混じりに視線を落としたままぼやく。

「そりゃあ、帰って来るでしょう」

マスターはグラスを磨く手を止めずに、無難で責任のない答えを返す。

店に来るなり「マスター、いつものカプチーノね」とまるで常連客のように言うと、花園はいっぱしのサラリーマンらしく、上着を脱いでネクタイを緩め、どかっとカウンター席に着いた。

「うちはすし屋じゃないんだけど」とつぶやくマスターには目もくれず、ポケットから出したiPhoneで何やらチェックするのに忙しそう。

「新人営業君のお得意様が目の前にいるのにさあ、そこのモニターの調子はどうですか、とか、新しいコンピューターには慣れましたか、とか、そういうの、ないの?」
「ロードに出ちゃってるんですよ」

あからさまに無視され、「ったく、聞いてないし」と目の前で冷めていくカプチーノに共感するように哀れみの目を向ける。

「アメリカがどんだけ広い国か、わかってんのかなあ」
「どれどれ、僕にも見せてよ」

こちらを向きもしない花園の口から出るのは、田島のことばかり。今日はもうまともな会話はできない、とあきらめたマスターは、クイとあごを伸ばしてカウンター越しに花園のiPhoneを覗く。

「良い顔してるじゃん、田島君」

花園が見ていたフェイスブックの田島のアルバムには、エディーがロードで出かけた先々で撮った写真が、ずらりと並んでいた。

このロードで田島がメインで歌っているのは、「ウイル・シング・アバウト・ユー(”Will Sing About You”)」と題された、パーソナライズド・ソング。一人のオーディエンスのために、歌詞に名まえを入れて歌って贈る。

自分の名まえ入りの歌を聴く人々の反応はそれぞれだ。演奏する田島と目を合わせる人、恥ずかしそうにずっと視線を下げる人。

体を揺らして一緒にリズムをとる人、直立不動で聴き入る人。歌い終わると、どの人も笑顔を見せてくれる。

“Thank you soooo much!”

この人には、手の骨が砕かれるのではないかと思うほどに、ぎゅっと力のこもった握手をされた。田島は奥歯をかみしめ痛みを我慢し、かろうじて「バイ」と返した。

“Are you okay, Shogo?”

その人が去った後、手を押さえて目を伏せていた田島に、エディーが心配そうに声をかける。それに田島は片方の眉を上げて反応し、「いってぇー」と右手をふりふりと宙に揺らした。

「ヒー・マスト・ビー・ア・プロ・ボクサー」
“I think he plays rugby.”
「どうでも良いけど、手、しびれるー。アイ・ニード・ア・ブレイク」

真冬でもないのに、猫のように背中を丸めて、すりすりと右手をさする田島を見て、エディーがぷっと吹き出す。

「イッツ・ノット・ファニー。マジでこれ、折れてる。ブロークン」
“Haha. I don’t believe it.”

「何でよ」と口をとがらせる田島に対して、エディーは声を上げて笑い出す。もうエディーとは、ずっと長い付き合いのある昔からの友人のようだ。一緒にいて笑いの途切れることがない。

ニューヨークを出て以来、何千キロメートルと車で走った。ナイアガラの滝に向かったのが最初で、デトロイト、シカゴとアメリカ北方回りのコースを進むことにした。途中の街々で出会った人たちとの出会いは、すべてが印象深い。

大きな街では聴衆に囲まれ、小さな町では名まえを提供してくれる人どころか、道行く人さえ見かけられないところもあった。

たまたま通った教会の前で結婚式をしていて、カップルの名前で歌ったり、たまたま前を通った幼稚園の園児がかわいくて園庭にお邪魔したり。

歌を贈った人の数と同じだけのエピソードが、ツアーの思い出となり積み重なっていく。エディーがそれらを記録し、フェイスブックとユーチューブにアップしていった。

車はアメリカの中央を流れるミズーリ川を渡り、晩秋のロッキー山脈を越えて、サンフランシスコに向かう。

“Shogo, are you gonna reply ‘yes’ for this?”

夕食後、ギターを抱えて曲作りをしていた田島の横で、エディーがフェイスブックのアルバムを編集中に友だち申請が来た、と田島にPCのスクリーンを向けた。

『ショーゴ、みーつけた。イエイ v(^-^)v 』

それを目にした田島は、ぐっと目を細めて「イエス」と答えた。



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ぞろ目回(^^;)。猛スピードでアメリカ周遊中。


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Comment

Name - lime  

Title - No title

久々に、マスターと花園くん登場。
花園くん、すでにサラリーマンになってたんだね。
バリバリやってるんでしょうね。
でも、やっぱり気になるのは田島くん。

さてさて、軽快に旅を続けている田島くん。
申請をくれたのは・・・誰?
2013.05.13 Mon 08:08
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

はい。久々にちょっとだけご登場願いました。
久しぶりに会えて嬉しかったのは、作者(^^;)

徹さんは、バリバリです(←何のことやら --;)
離れていても、お互い気になる奴でいて欲しいなあ、この二人(←作者の希望)

お友だちリクエストをくれたのは・・・それは次回です~
2013.05.13 Mon 17:20
Edit | Reply |  

Name - LandM  

Title - No title

意外に生まれ国帰るかどうか微妙なんですよね。
住めば都と言う言葉もあり。
意外に住んでみると、そこに調和が生まれ馴染みが生まれるんですよね。だから、彼が帰ってくるかは断言できないですからね。
野球選手の松井も日本に国民栄誉まで日本に帰らなかったですからね。
2013.05.13 Mon 18:58
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

> 住めば都と言う言葉もあり。
> 意外に住んでみると、そこに調和が生まれ馴染みが生まれるんですよね。だから、彼が帰ってくるかは断言できないですからね。

そうなんですよね。
田島はニューヨークとアメリカは気に入っているみたい。かな。
アネキのところに居候なんだけどね。
今は人に歌って贈る、というのにはまっている模様。

> 野球選手の松井も日本に国民栄誉まで日本に帰らなかったですからね。

そうなんですか。凄いですね。
そのくらいの意気込みで行った、ということでしょうか。
2013.05.13 Mon 20:22
Edit | Reply |  

Name - 城村優歌  

Title - じぇじぇじぇ!

最近読んだジャレド・ダイアモンドさんの文章から、
地質学的の重要な教えに、
「初めて会った相手がどんな人物かを知りたければ、
 聞くべき質問は2つだけだ。
 『いつ生まれたか』『どこで生まれたか』
 この2つを聞けば、ある程度のことがわかる」
ということを知ったのですが、
祥吾にはこのセオリーが当てはまるだろうか、
と夢叶を読むたびに思います。

そんなに早く帰ってこなくていいよ、祥吾。
このせせこましい日本は君には似合わない。
ナイアガラにミシガン湖、ウィリスタワーをバックに
高らかに歌いあげてくれ!

ううぅ…いつになく力入っちゃったぜ…\( ‘jjj’)/
2013.05.14 Tue 14:35
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: じぇじぇじぇ!

城村優歌さん、コメントありがとうございます。

> 最近読んだジャレド・ダイアモンドさんの文章から、
> 地質学的の重要な教えに、
> 「初めて会った相手がどんな人物かを知りたければ、
>  聞くべき質問は2つだけだ。
>  『いつ生まれたか』『どこで生まれたか』
>  この2つを聞けば、ある程度のことがわかる」
> ということを知ったのですが、

この方、ググりました。深いことをクリアにおっしゃる方ですね。
人は、違うようで同じ、同じようで違う、そんなことを思いました。

日本では、関東で生まれたとか、関西で生まれたとか、という違いがあるのに、
海外に行くと、日本で生まれた、アメリカで生まれた、というふうになって、
それが、アジア人、とか、アフリカ人、とかに範囲が広がるともう、
我ら地球人、になっちゃって、何でも良くなっちゃったりして。
わけわかんないですね(^^;)

> 祥吾にはこのセオリーが当てはまるだろうか、
> と夢叶を読むたびに思います。

おお。城村さんのお考えが気になりますねぇ。

田島とエディーのシチュエーションとしては・・・
二人はほぼ同じ時期に生まれ、
一人は日本で、一人はオーストラリアで生まれ、育ち、
アメリカというアウェイの土地を共に旅する。
とりあえず、仲良くやっている様子・・・

もう少し、エディーと旅します。(ホントに少しの予定・・・ホントか・汗)
(ナイアガラで歌おうかと思いましたが、しぶきがすごくてちょっと・・・やめときました(--;)

> ううぅ…いつになく力入っちゃったぜ…\( ‘jjj’)/

ははは。城村さん、ありがとー。またお越しくださいねー^^
2013.05.14 Tue 22:52
Edit | Reply |  

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