オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

夢叶 141 

杉浦に案内されたのは、渋谷といえばここ、の肩書きを持つカフェ・ノアール。店内は、渋谷の街の喧騒から隔離されたような、静かな空間を漂わせていた。落ち着いたクラシカルな内装を眺めながら、ゆったりとしたソファー席に腰をおろす。

杉浦から食事をするかと訊かれるが、コーヒーだけでと遠慮する。そんなに時間のかかる話をするわけではない。杉浦はカフェオレを二つと自家製クッキーを慣れたように注文すると、田島に視線を向けた。

「祥吾君、まだ僕のオファーの返事をもらっていないんだけど」
「そうでしたね。ノー、ということで」

直球に直球で返し、ホームを刺す。これでほぼ話は終了した。

「ずっとお待たせした上に、申し訳ないのですけれど」
「何でかなあ。スクランプシャスの人気については、もう自覚あると思うんだけど」
「杉浦さんが宣伝してくださったお陰ですね」

杉浦は、少しでも風向きが変わるかどうかを試してみる。

「このままライブハウスでライブを重ねていくだけなんて、人気と才能の垂れ流しじゃないかな」
「今はまだこの状態で良いんです」
「今はまだ? どういう意味? もしかして、この先はセルフ・プロデュースでも考えているとか? それは厳しいよ」
「俺らにそんな器用なことはできませんよ」

なぜここまで来て、先に進もうとしないのか。単にスカウトの選り好みをしているとも思えない。杉浦は素朴な疑問を投げかけた。

「どうして勢いに乗っているところで、ブレーキをかけるのかなあ。ストップサインはないはずだけど」
「ブレーキではありません。まだ青く硬いところで先売りをしないというだけです」

まだ、というところが杉浦には引っかかる。3ピースバンドとしてのスクランプシャスのバランス、完成度は誰の目から見ても高いものがある。

自分の事務所から鳴り物入りでデビューできる上に、プロモーションによって大ヒットする可能性も約束されているようなもの。それなのに、なぜ。

「そろそろ熟れどきなのでは。熟れすぎると地面に落ちるよ」
「そうですね。収穫時期が正確に読めないと出荷に影響出ますしね」
「良い店に出荷できるのは、うちだと思うんだけど」
「生意気な口きく作物で、すみません」

バタンという音と共に、完全に目の前で扉が閉じられた。自分のためにこの扉が開かれることはない。非常に残念だけれども、杉浦にとってはそう理解せざるを得ない。

カフェオレと自家製クッキーがテーブルに置かれた。コーヒーをちびちびと飲む間、杉浦と田島の間には、人の気配が消えるほどの重い沈黙が流れた。



音楽雑誌に登場以来、スクランプシャスの名まえは広く知られるようになった。渋谷のライブ以降は、イベントにも多く呼ばれるようになり、ファンが急激に増えていった。

「今日のギャラ、明日銀行に振り込んでおくから」
「ギャラ?」
「今日はカビーのオープン以来、初のチケット完売」
「マジすか、丈さん」

久々のカビーのライブに、丈之助がうれしい初ギャラのニュースを持ってきた。

「杉浦さんがチケット全部買ったとか、ないですよね」
「シンはもう来ないよ。なに吹き込んだって、俺変に疑われて大変だったんだから」

丈之助の返事に、田島は苦笑する。

「湊人、お前だろ、祥吾になんだかんだ吹き込んだの」
「ちげーよ、ジョノ。なに吹き込んだって。てか、何の話」

キャッチーでノリの良い曲と、心に語りかけてくるようなボーカル。確かな演奏のスキルと安定したライブに次々とスカウトが集まり、スクランプシャスは色々なところからデビューの話を持ちかけられていた。

「祥吾、成ちゃん、バンドよく復活したよね」
「横山さん!」

不意に声をかけられて驚く。横山と呼ばれたその人物は、『バンド甲子園』のときのプロデューサーだった。

「どうしてここに?」
「今、あのユニットを売り出し中」

横山は、今日のライブで対バンのポップスユニットをプロデュースしているのだと、リハーサルをしている彼らを指差した。

「スクランプシャス、杉浦さんのところ断ったんだって?」

案外狭い業界内では、そんなゴシップはすぐに広まるのだろう。田島は杉浦だけでなく、バンドに持ちかけられるすべての話に曖昧に答え、返事を渋っていた。

「俺も、祥吾にソロのオファーを蹴られた時は、ショックだったな」
「横山さん、それ、どんだけ昔の話っすか」
「祥吾、やっぱりお前、あの時ソロの話しがあったんだ」

鏡が聞き耳を立てる。

「番組優勝者を何が何でもデビューさせないと、番組的にはメンツが立たなかったんだけどね」

それは高校卒業前、田島が声を失い、しゃべれない時期のことだった。田島はメンバーの死のショックから立ち直れず、もう一人のメンバーの鏡はドラムをやめて引っ越す。その解釈により、番組側としてデビューの話を最終的に諦めたのだった。

「祥吾のボーカリストとしてのパフォーマンスは見栄えがあったよね。バンドでなくても十分にいけると思っていたんだけどね」
「あの時は歌うどころか声も出なかったから、断る理由がはっきりしていて良かったですよ」

今は笑って穏やかにできる話だ。けれども、当時はお互いに大変な時期を過ごしていたのだと理解しあう。

「ま、そうでなくでも、俺はソロなんて気はこれっぽっちもありませんでしたけどね」
「あのままアイドル歌手にならなくて良かったって、俺もそう思うよ。けど、バンドが復活したなら、また一緒に仕事したいなあ」

昔世話になった人から、そんなことを言ってもらえるのはとても嬉しかった。けれども、立場的に少し中途半端な今の自分たちの状況をみると苦笑するしかない。

「どう? 俺、スカウトしているつもりなんだけど。元々の元鞘に収まるのも良いんじゃない?」

田島はいつも通り「どうも」と言葉を濁し、眉を下げるだけ。その表情を見て横山は「まただめか」とぼやく。

「お前ら、業界のスカウト動かしてるの、わかってる?」

そんなつもりはないのだけれど、このところはそうも言ってられない雰囲気があるのも感じていた。



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田島が「イエス」と言えば、デビューできるところまで来ている。のか?

田島の高校時代、声が出なかった時期の話はこちら → 『夢叶』(61話~) 

田島のフォローをする成ちゃんが良い奴っちゃ。
こんなところで過去エピの思い出に浸る作者を許して。
というか、いつかの改稿を改めて誓う。いつか(滝汗 -_-;)


ご訪問、ありがとうございます^^

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Comment

Name - lime  

Title - No title

杉浦さんを、遇の音も出ないほどに門前払いした田島くん、りりしい。
意思が硬いのは、昔からなんだろうけど、揺るがないですねえ。

でも、田島くんはいったい、どこへ向かおうとしてるのかな。
デビューするつもりがないわけじゃ、ないよな気がするし。
だって、やっぱり成ちゃんも生活がかかってるし。(なんか、世知辛い表現になってしまった)
きっと田島くんの中で、考えがあるんだろうなあ~。
教えろ~~。長い付き合いじゃないの(いきなり強制?笑)

バンド甲子園の時、ソロデビューとかしなくてよかったよね。
ソロでアイドルなんて>< 考えただけでも恐ろしい・・・。です。
2013.11.04 Mon 21:41
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

りりしい・・・剣を持ち、魔獣がそばにいますかね。
成なる鏡の剣に、魔獣ミナト。ぷぷぷ。なんか全然間違ってるし。

> 意思が硬いのは、昔からなんだろうけど、揺るがないですねえ。

お、田島の性格を分かっていただき、ありがとうございます。
弱くてふにゃける時もあるのですが、ここは門前払い(笑)で。

田島の向かおうとしているのは・・・
デビューするつもりがないわけじゃ、ないよ。
成ちゃんは京都に奥さんの鈴ちゃんと子どもが二人いて、生活がかかってるいるよ。
田島の考えは。ふふふ。
ああ、limeさん、ホント長い付き合いっす。けど、教えない~~。
いやいや、引っ張るのはlimeさんの技ですって(^^;)

バンド甲子園の時、ソロデビューとかしなくてマジよかったです。
いや、当時から田島のやりたいことはそれではなかったから。
アイドル田島。ぷぷぷ。
踊れないし、バック転もできないし、恐ろしいですね。
私はそれほど引っ張りませんからぁ~~^^
2013.11.04 Mon 23:04
Edit | Reply |  

Name - LandM  

Title - No title

意思の強さは試されると思います。
ベートヴェンしかり、日本のベートヴェンと称えられる佐村河内守にしても、どんな障害があっても作曲している人もいるんですよね。
耳鳴りがずっとしても、絶対音感を頼りに作曲するのは神の領域の作業だと思います。。。。
田島くんにその意思があるのか試されているんでしょうかね。
2013.11.05 Tue 20:12
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

この方、凄い方ですね。ググりました。
内なるご自身とどれだけを過ごしたのでしょう。
作曲という形で世に物を生み出すことに、人生かけていらっしゃる。
私たちには想像などできないことでしょう。

田島の意思は・・・どうなんですかね。
過去に寄り道した分、今は真っ直ぐに追っているとは思います。
2013.11.05 Tue 21:29
Edit | Reply |  

Name - 城村優歌  

Title - No title

やっぱり蹴ったかぁ……。
今や大手は飼い殺しですからね~。
進ちゃんは、最初の印象よりは良くなって、
信頼感も出てきたのですが、
やっぱり祥吾の心は動きませんでしたか……。

何やら、バンドブームの頃の
レコード会社の動きを思い出します。
頭角を表わしたインディーズバンドのライヴの
後ろ壁あたりに、各社の担当が並んでましたね。

それより、あの方たちが、もしかしたら、
もしかしたら…と、いろいろ展開を想像しております。
むふ。
2013.11.05 Tue 23:35
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 城村優歌さん

コメントありがとうございます。

蹴っちゃいましたよ。
後ろ壁も振りまくりです。
さあ、どうするって感じです。

成ちゃんと湊人がそんな祥吾をとがめないというところがヒントかなあ、
いや、ぜーんぜんヒントになっていないっす(-_-;)
まあ、三人の信頼関係は結束しているいうことで・・・

あの方たち、とはどの方たちですかっ。
城村さん、超気になりますっ!!
こっそり教えてください。むふ。違う。
2013.11.06 Wed 20:01
Edit | Reply |  

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