オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

セカンドチャンス 5 月曜日(4) 

寺務舎の二階、西村さんに案内されたのは、恐らく檀家の方々のための一般は入れないお部屋。

その特別な部屋の正面には、大きな掛け軸が下がっており、鮮やかな朱や金で新勝寺御本尊の不動明王が描かれていた。ギロリと睨んでくるようなその迫力に目を見張る。

「どうした鍵鳥、お不動さんと目力比べでもしてるのか」

中島さんから声をかけられ、鼻に息が通った。不動明王に捕らえられたかのように、歩みが止まっていた。いや別に、にらめっことかをしていたわけではない。

成田山では、写経体験は一般にも広く推奨しているが、写仏は行っていない。けれども中島さんは、慣れたように西村さんから普通の書道用の半紙をもらい、書棚から新勝寺釈迦堂の五百羅漢の写真集を借りた。

成田山の五百羅漢とは、新勝寺釈迦堂のお堂の周囲にはめ込まれた有名な彫刻のことである。そこに彫られた五百人もの仏道の修行者である羅漢には、誰一人として似る者はいないという。

「この写真集をぱっと開いたところのページにあるお顔を描くんだ」

写真集を俺の方に向けて、中島さんはそう説明してくれた。お不動さんは散々描いたから、とニッコリ笑って付け加える。そう言うからには、中島さんは何度もここに足を運んでいるのだろう。

「それでは、ごゆっくり」

西村さんが静かに部屋から出ていく。中島さんは、机に向かって姿勢良く座り、写真集からページを選んで、筆を手にした。すでに集中している様子。

俺は「般若心境」の経文が薄く印字された、一般の写経体験用の用紙を西村さんからいただいた。それを目の前に広げる。けれども、どうも落ち着かなくて、横で筆を進める中島さんにちらりと目を向けた。

背筋のぴんとした中島さんの背格好は、身長は違うけれども、佐々倉先生の後姿と良く似ている。先生の若い頃も、中島さんのように先をずんずん歩く人だったのかなあ、と俺の中で二人がダブる。

それから、今はまだ若い中島さんも、年齢を重ねていくと先生のように味と渋さを漂わせるのかなあと思うと、脳内映像が倍速になり、勝手に時空を膨らませてしまう。

こうした人間観察は、俺の癖なのだ。趣味の域、得意技、とも言えるかもしれない。

佐々倉先生は書、中島さんは絵。二人共、手に心得がある。両親が離婚して、戸籍上は他人となっていても、血のつながりは断てない。

様々な事情があったとしても、結局は親子。そこに辿り着いたときに、中島さんは秘書として先生と共にあろうと決めた。そう以前話してくれたのを思い出す。

「中島さんは、政治家になるつもりはない、って言ってましたっけ」

そんな話も思い出す。

「何だよ急に」
「いやあ、中島さんの秘書ぶりはプロだなあと思って」
「そんなの当たり前だ。これで給料もらってんだから」

羅漢を描く中島さんの手を止めてしまった。中島さんは筆を置いて、体と視線をこちらに向けてくれる。中島さんは、相手の目を見て話す人。佐々倉先生もそう。

「でもな、親父はあと二年して還暦を迎えたら、党には相談役として残っても代議士としてはすっぱりと引退するつもりらしい。そうすると俺は失職だ」

なるほど。議員が議員でなくなると、その秘書は職を失う。議員の秘書とは結構リスキーな仕事なのかもしれない。

「早い話かもしれませんが、そうすると、先生の後継とかは?」
「もう上田さんと決まっている。あの人はなかなかの器だ。親父の推薦できっと表舞台に出る」

確かに。上田さんのたぬきっぷりは、先生以上かもしれない。いや、その件ではなく。

「仮に、先生が引退されて、上田さんが当選されたら、中島さんは上田さんの秘書になったりするんですか?」
「たぶんね。あの人の秘書になれるなら、それは光栄であるかもしれない」
「へえ。上田さんも、中島さんのような出来る秘書がついたら、仕事しやすいでしょうね」
「その褒め方、上田さんから習ったか」

嬉しそうに中島さんが突っ込んできた。今のはちょっと業務っぽかったかも。いや、俺は本心で言ったのだけれども。

「お前も上野の事務所で上田さんについているなら、それだけでいっぱしの秘書になれる可能性高いぞ。俺と一緒に働くことになるかもな」
「そんなそんな。それはないですよ」

これはリアクションに困るコメントだ。俺はこの秘書という仕事が、自分に向いているかどうか、いまだに分からない。

大体、今の俺は、世間が一般的に想像するいわゆる「秘書」らしい仕事は、ほとんどしていない。上野の事務所ではほぼ留守番係りで、上田さんから切れ間なく流れてくる事務処理を、とにかくこなしているだけ。

佐々倉先生の政治活動関係に直結する仕事には、いっさい触れていない。いや、明らかにお呼びでない。まだまだ俺は、勉強を始めたばかりなのだ。けれども中島さんは、何が楽しいのか笑顔のまま。

「いや、わかんないよ~。『コードG』発令中だからな」
「だから、なんすかそれ」

「コードG」の秘密については何も教えてくれず、中島さんは意味ありげにニカッと歯を見せてから、身をずらして再び半紙と写真集に向かった。すでに真顔。切り替えの速さはさすが。

しんとする静寂の中に置いていかれた感を振り払い、さて俺も、と印字された経文に向かう。写経とは文字通り、仏教経典を書き写す修行。雑念を払い、心安らかに祈りを実践せねば。

と思うそばから、ああー、すでに雑念が。議員秘書一年目。俺はこの仕事をずっとやっていくのだろうか。できるのだろうか。それとも。実は今、少しの迷いがある俺。

とにかく。息を一つ、吸って吐く。278文字。がんばろう。



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がんばれよ。
次回やっと、月曜日のメインイベントでございます(汗 -_-;)


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Comment

Name - lime  

Title - No title

何だか、静かないい時間が二人の間に流れていますねえ。
親ガモの愛情みたいなものが伝わるし、子ガモの信頼も伝わるし。

ぱっと開いたところのお顔を描くんですね。墨で?
難しそう・・・。
でも、字の下手な私はお顔を描くほうがいいなあ。
無意識に好みの顔になっちゃったらどうしよう・・・。

中島さんの言葉の端々に、策くんの将来の事が見え隠れしてるような気がします。そのためのコードG?
策君はこのあと別の道を行くんだけど、でもきっと無駄なコードGじゃないですよね。
写経頑張れ、策くん。

2014.06.12 Thu 17:16
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Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

limeさんに時間が伝わって良かったです^^
普通に上司と部下です。よね。

> 無意識に好みの顔になっちゃったらどうしよう・・・。

それ↑、あるあるみたいですよ~。
墨と筆で、一度、いかがですか。
limeさんだったらマジでできそう。

> 中島さんの言葉の端々に、策くんの将来の事が見え隠れしてるような気がします。そのためのコードG?
> 策君はこのあと別の道を行くんだけど、でもきっと無駄なコードGじゃないですよね。

おお。中島さんの言動から読み取っていただけて嬉しいです。
職場に新人が入ってくると、期待しちゃいますよね。
策の性格は中島さんたちの期待に沿うものなのかもしれません。
けれども、そうなんです。
策は一週間後は・・・なのですが、これはきっと忘れられない一週間になるでしょう。
・・・というのが描けるといいな(-_-;)

策の応援をありがとうございます^^
2014.06.12 Thu 19:38
Edit | Reply |  

Name - 八少女 夕  

Title - コードG?

こんばんは。

なんでしょうね。コードG。策にとっては、違うコードGの方がぴったりくるのかも。

「今の仕事、ずっとやっていくのかなあ」と思いつつ「いまはやるっきゃない」と思う感じ、よくわかります。実際にそうやっていつの間にか仕事っておぼえていくものですものね。でも、心のどこかに音楽の道があって、そっちの展望も開けそうで。

岐路に立っているときって、なんだか落ち着かないものだと思います。

次回も楽しみにしています。
2014.06.14 Sat 03:29
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: コードG?

八少女 夕さん、コメントありがとうございます。

コードGを気にしていただいてありがとうございます。
それほどの謎とかではないのですが、ちょい引き伸ばし中。ちょっとだけですから。
ギターのコードではないことは確かですね^^

> 「今の仕事、ずっとやっていくのかなあ」と思いつつ「いまはやるっきゃない」と思う感じ、よくわかります。実際にそうやっていつの間にか仕事っておぼえていくものですものね。でも、心のどこかに音楽の道があって、そっちの展望も開けそうで。
> 岐路に立っているときって、なんだか落ち着かないものだと思います。

そうですね。策の気持ちを汲んでくださってありがとうございます。
策はたぶん今の自分の周りの状況には不満はないと思うんです。
仕事は興味深いし、ある意味すごい人たちに囲まれて。
選択肢ができたために、岐路に立っている、というところでしょうか。
色々な意味で、落ち着かない一週間を過ごす予定です。

次回もその次も、えっとその先も、お越しくださると嬉しいです^^
2014.06.14 Sat 13:38
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Name - 大海彩洋  

Title - 読みながら……

コードGって、結果的にはギターのコードになりました!って落ちなのかと訝りながら読んでいたら、けいさんも実は書きながらそう思われているんじゃないかという気がしてきました(^^)
いや、これは結果を知っているから言うのだけれど……

でも策くんの真面目っぷりが好感度急上昇中です。
確かに、いじられキャラ(あれ、策だっけ?)っぽいかも。
きっと周りの大人たちは策くんことを買っていたのでしょうね。秘書に必要なのは、先生に惚れ込んで何かあったらケツを拭くことくらい平気でする気概だ、という話を読んだことがありますが、少なくともここに出てくる人たちは暖かい人たちのようで、安心して読んでいます(自分が書いたら、どろどろ~になる^^;)。
それに策くんって、やっぱり「持ち上げ上手」ですよね。褒め上手というのか。それも心からそう思って言っている。人のいいところを見つける天才なのかも。

ぱっと開いたページの羅漢さんを描く……これを読んで思い出しました。うちの三味線の会のある人が、ビンゴのカラカラ(番号の書いた球が入ってるやつ)を買って、毎日それをして、出てきた番号(番号に曲が割り振ってある)の曲を練習しているんです。好きなのをやっていたら偏るから、なんですって。
あ、関係ありませんでしたね^^;

さて、コードG。もうギターのGもしくはギターのコードのGに思えて仕方がなくなってきましたが、楽しみに待ちます(*^_^*)
2014.06.15 Sun 09:20
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: 読みながら……

大海彩洋さん、コメントありがとうございます。

ふふ。コードGのオチは、ギターのコード、よりもっとしょうもないかも、と実は心配。
お話の中で、なんと言い訳しようかと(-_-;)

ああ、策の真面目さが大海さんに伝わって嬉しいです。
いじられそうになりつつ、なんとかかわす、かな。
上田さんと中島さんは、先生のケツを拭く意気込みで仕事に向かっていますが、策はまだまだ。
今の策はどろどろ~には対処できないでしょう。
というわけで、このお話にはどろどろは出てきませんのでご安心を~

余談。上田・中島コンビでどろどろ話しも面白いかも。
この二人なら、どろどろでもケツ拭きでも何でもいけそう。
いつかそんな骨太物が描けたら良いなあ(遠い目)

> それに策くんって、やっぱり「持ち上げ上手」ですよね。褒め上手というのか。それも心からそう思って言っている。人のいいところを見つける天才なのかも。

嬉しいこと言ってくださる。
この仕事を通して、褒めてコロス、の基本は身に着けたようです。
(だから政界サスペンスじゃないっちゅう -_-;)

> ぱっと開いたページの羅漢さんを描く……これを読んで思い出しました。うちの三味線の会のある人が、ビンゴのカラカラ(番号の書いた球が入ってるやつ)を買って、毎日それをして、出てきた番号(番号に曲が割り振ってある)の曲を練習しているんです。好きなのをやっていたら偏るから、なんですって。

なるほど! 興味深いお話です。
順番にやるというのも一つですが、イレギュラーにやる方が、今日はコレと言う気持ちが増して良いのかもしれませんね。モチベーションもあがりそう。

さて、コードGです。解答の準備中ですので、しばしお時間を。
ギターのコードのGではないのですよん、とだけ(*^_^*)
え。と引かれそうな気がしてどうしよ、かも(汗)
2014.06.15 Sun 13:53
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Name - LandM  

Title - No title

秘書と政治家はまた分野が違いますからね。
仕事ができるのと政治家はまた仕事の性質がまったく違いますからね。・・・ふうむ。その辺が日本の政治が歪んでいくことになるのか。
あるいは民主主義の限界なのかもしれませんが。
2014.06.21 Sat 21:34
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

連続コメ、ありがとうございます。

今回、政治関係(っぽい)話を少し持ってきたので読者様の興味的にはどうなのかなあと思っています。
個人的には政治学は結構面白くて好きなんですけれど、骨太な物語にするには力量が全くないですね(><)
お話はフィクションですけれど、日本のリーダーにはマジ頑張って欲しいと言うところですかね。
2014.06.21 Sat 22:48
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Name - rurubu1001  

Title - No title

おはなし追いかけていたつもりが乗り遅れていました!!
なんてこったい!!

成田山はもと地元で何度も訪れたことがあるのに、写経などやったことがなくて…。

今思うと、なんて惜しいことをしていたんだろうと思います。10代の頃はお寺の魅力に気づかず、他のことに夢中でなんともったいない時間の使い方を…。

だから策くんの成田山行動は嬉しいです。私の知らなかった成田山をしることができて^^


そして、コードGが気になりますー!!
2014.06.22 Sun 15:14
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - rurubu1001さん

コメントありがとうございます。

お時間のあるときで良いですから、時間差でも追いかけてくださると嬉しいです^^

ふふ。私、成田山へは一度だけ。写経は鎌倉で。
これには裏話があって、両方ともガイジンと。
写経は自分はやらず、外人がやるところを写真に収めていた係。
くくく。なんちゃってな経験なんです。なんてこったい(><)
成田山は一回の訪問でもインパクトありました^^
私も鎌倉に行く度に新しいことを知ります。

もしかして、策はrurubuさんの後輩かも!? 成田というだけで同郷ですね。
近所のおねえちゃんだったりして。なんかうれし^^

コードGはえっと・・・
ホントしょうもないかも。今から言い訳(滝汗)
2014.06.22 Sun 16:38
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