オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

セカンドチャンス 17 水曜日(4) 

「すっげー。良い部屋」

そこは、まずドアを開けると、靴をそろえる玄関があり、十畳と八畳の二部屋からなる、いわゆる和室スイートだった。

太平洋の海の景色が望める、開閉可能なルーフタイプの大窓のある半露天風呂付き。今日はあいにくの雨のために、大窓は閉められていたけれども。

「温泉の効能としては、肩こり、冷え性、神経痛に美肌。皮膚、つるっつるになるよ」

ミヒロは俺と、抱っこしている綾ちゃんにも、お風呂場を見せて説明する。部屋に戻り改めて窓から外を眺めると、下のほうの岩場の先に赤と白の縞模様の灯台が見えた。さっきまで俺たちがいた岬岩の灯台だ。

波が灯台に打ち付けられ、しぶきをあげているのが雨の中うっすらと見える。綾ちゃんが気を失ったままあそこに放置されていたらと思うと、そうならずにすんだことにほっとする。

「策、ちょっと来て」

ミヒロに呼ばれて、十畳の部屋に向かう。

「綾ちゃんさ、体熱いし、顔も赤いんだ」

綾ちゃんを抱いたままのミヒロが、和ベッドに腰掛けていた。そばに寄って綾ちゃんの顔を覗き込むと、確かにほっぺたが赤い。目もとろんとしていて、視点が定まらない様子。

「どうしよう」と二人で顔を合わせたところで、トントンと部屋がノックされた。ミヒロは動けないから、俺が出ると、そこには宿のスタッフらしき和装の女性がいた。

「綾ちゃん用の浴衣、持ってきました」

女性スタッフはそう言うと、「お持ちしますね。失礼します」と部屋に上がってきた。

「ミヒロくん、久しぶり」
「おお、みさきちゃん。元気?」

なんだ、ミヒロとは知り合いなのかと安心する。みさきちゃんと呼ばれたその女性は、綾ちゃんの様子が目に入ると「あら、大変」とぱっと額に手を当てた。

すぐに俺たち男二人は部屋から追い出され、十畳の部屋は襖で仕切られた。携帯でフロントと連絡を取るみさきちゃんの指示により、女性スタッフがあわただしく部屋を出入りする。

まるっきりお呼びでないミヒロと俺は、その間、なすすべもない。せめて邪魔にならないようにと、和室スイートの片隅で背中をすぼめ、おちょぼ口で緑茶をすすっていた。

「ミヒロくん、綾ちゃんのお母さんに今夜泊まってもらうことになったから、悪いんだけど部屋変わってくれる?」

綾ちゃんのほうは、なんとか落ち着いたのだろうか。しばらくするとみさきちゃんから鍵を渡され、俺たちはスタンダードの二人部屋に移った。

「こっちも十分、良い部屋だね」

小さな床の間に、漢詩らしき書の掛け軸が掛かっている。その見事な字に目を向けながらミヒロに言うと、俺の横で「だね」と同意の声がした。

「みさきちゃんがついていれば、綾ちゃんはきっと大丈夫。俺もちっちゃい頃、海で怪我したときとか、よく看てもらった」
「みさきちゃんて、しっかりしてて、頼りになるね」
「従姉だから、昔からみさきちゃん、って呼んでいるんだけど、歳は俺より十歳以上年上なんだよ」
「へえ、二十代にしか見えない」
「うん。温泉美人だよね。伯母さんもそう。俺の母親のお姉さんだから結構な歳のはずなんけど、凄く若く見える。見える、じゃなくて若いんだ、ってよく言ってるよ」

「だね」と頷く。えっと、待てよ。ミヒロの伯母さんが、ミヒロのお母さんのお姉さん、てことは、ミヒロのお母さんも温泉美人?

「策、大浴場に行こうぜ」

子どものようにわくわくしたミヒロの声に、俺のお母さん分析はかき消された。ミヒロは畳に膝をつくと、ニコニコしながらバッグの中の荷物を探り出した。

「はいこれ、策の。サイズ合うかな」

膝立ちのミヒロから差し出されたものを、条件反射のように両手で受け取ると、それは袋に入ったままの新品の下着。俺は「え」の口をぽかんとミヒロに向けた。

けれども、ミヒロは自分の着替えや浴衣やタオルなどを用意するのに忙しく、「早く行こうぜえ~」と満面の笑顔で俺を急き立てた。

「ゆ」の暖簾をくぐり、きょろきょろそろりと挙動不審気味に歩みを進める。そんな俺を置いて、ミヒロはさっさと服を脱ぎ脱衣所の籐の籠に納めると、手ぬぐいを持ってお風呂のほうへ行ってしまった。きっと慣れているのだろう。

ほんの少しだけ遅れて、お風呂場に行く。大浴場というだけに中は広い。けれども、今日は平日で、今は夕食前。人はまばらだ。

向こうのほうに、椅子に腰掛けて体を流していたミヒロをすぐに見つけた。そして近くまで行った俺は、ミヒロの体を見てぎょっとしてしまった。

右半身、胸と脇から腹にかけて流れる、Y字型の大きな傷。皮膚が引きつるほどの太く長く、そして痛々しい傷の痕が目に飛び込んできた。事故のためか、病気のためか。恐らく、いいや、絶対にワケありだ。

髪を洗い始めたミヒロは、俺の目がミヒロの傷に釘付けになっていることには気づかない。そのタイミングになんとなく救われる。

「策、俺、露天のほうに行ってるから」

髪を流した後、持っていた手ぬぐいで髪を束ねたミヒロは、プラスチックの椅子から立ち上がり、露天風呂に続くドアから外に出て行った。俺も、カラスか俺か、ぐらいのスピードで体と頭を洗うと、露天風呂のほうに向かった。

ドアから一歩外に出ると、そこは静寂。しんと静かな中で、雨音だけがサーっと弱く聞こえていた。

そこは露天風呂といっても、木造の屋根の下にあった。シャワーの音などの反響する室内の大浴場と違って、静かなたたずまいを見せる。岬岩という地名に由来するように、岩を配した厳重で落ち着いた造りをしている。

源泉が一角からあふれていた。お湯はこの岩風呂に落ち、水音は周りの空間に吸い込まれていくようだった。

「策も露天派?」

手拭い頭のミヒロは、他人からは、一体どんな職業の職人さんだろう、と思われるかもしれない。この快適なお湯の中に、首までつかっている。

「ミヒロは、そうなんだ」
「うん。雪の日とか、風情あるよ。今日は雨だしね。風に流された雨が、時々ざざってこっちに吹き込むの、凄く良い感じ。見ててみ」

そう言って、ミヒロは空間に向けて目を細める。天気の良い日は、月やら星やらを見ながらこの湯につかるのだろうか。小さい頃から、ミヒロは家族とここに、何度も来たことがあるのだろう。かなり羨ましいと思う。

「お兄ちゃんたち、友達かい?」

向かいにいる男性が、俺たち二人に声をかけてきた。

「はい」

何の躊躇もなく、ミヒロが答える。

「地元なの?」
「いえ、東京からです」
「東京かあ。地元の近くかと思ったよ」
「俺は家族と、よくここに来ていたんです」
「へえ。それで今回は、友達を連れてきたんだ」
「そうですね」

その背景には色々あるんだけど、とは言いたくても言えない。俺は、さらりと普通に自然に受け答えをするミヒロの横で、この男性に目を向けた。

歳は五十代、熟年。ロマンスグレーの混ざる髪に、ギラリと光る濃い眼。会社の役員さんか、個人企業のオーナーさんか。

週末に休みを取れない代わりに、不意に取れたこの平日の休みを利用して、ふらっと温泉宿に来た、ってところかな。俺の人間観察は、結構いい線を当てるのだ。

「お兄ちゃんさあ、胸の傷、凄いね」

うわ。さすが熟年、濃いギラ眼の持ち主。その眼で見ていたのはそこか。俺でさえ、さっき目にしたばかりのそこに関しては躊躇していたのに。

「プールとかこういうところに来ると、人からじろじろ見られるでしょう。子どもの頃からある傷なの?」

のぼせる前の短期決戦のようなその質問に、俺はどっきりしてミヒロの顔を見た。



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露天風呂・・・良いわぁ~(*u_u)


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Name - -  

Title - 管理人のみ閲覧できます

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2014.11.05 Wed 19:02
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 鍵コメさん

わ。ありがとうございます!^^
嬉しいです!^^ 感謝です!^^
2014.11.05 Wed 19:44
Edit | Reply |  

Name - LandM  

Title - No title

露天風呂~~~
これも日本の優美!!
・・・・なのですかね。
いまいち分からないですが。
欧米はシャワーが多いですからね。
露天風呂の風流は日本ならではですね。
2014.11.06 Thu 20:13
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

> 露天風呂~~~

開放感が良いっすよね~^^ 一日つかっていられる(*u_u)
オーストラリアは水不足もあって、シャワーが主流なんですけど、すごい短時間ですませます。みんな早いです。
うちにも長方形の細長い湯船があるのですが、使ったことない(><)
2014.11.07 Fri 14:37
Edit | Reply |  

Name - 大海彩洋  

Title - おぉ、これは

もう完全に、今回の日本ツアーでの思い出が織り込まれた場面と見ていいでしょうか。宿のお部屋から見える景色とか、温泉風景とか、「すっげ~。良い部屋」の叫びからしても。
何だか、けいさんご自身の声に聞こえちゃいましたよ。
そして、お、ミヒロくんの何やら秘密が明かされそうな気配ですね。
策くんが遠慮しているのに、この見知らぬオッチャン、遠慮なく聞くね~。でも、これってきっと露天風呂の魔法ですね。さらりと聞けちゃいう感じ。それにミヒロくんも隠していないから、むしろ策くんに聞いてもらって話したかったのかな。
次回、ミヒロの秘密、お楽しみに!って私が書くんじゃない^^;
2014.11.07 Fri 18:52
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: おぉ、これは

大海彩洋さん、コメントありがとうございます。

はい。自分でもリンクしてるって思いました(台風に当たったし ^^;)
いあ、泊まったところは大(中?)浴場はあったのですが、露天がなくて(T^T)
内風呂付きの和室スイートは憧れです~。泳ぎたい。
ホテルでプール付きのロフトもいいなあ~。満天の星を眺めながら、泳ぎたい。ええ、泳ぐのです(キリリ)
いつ・・・

> 策くんが遠慮しているのに、この見知らぬオッチャン、遠慮なく聞くね~。でも、これってきっと露天風呂の魔法ですね。さらりと聞けちゃいう感じ。それにミヒロくんも隠していないから、むしろ策くんに聞いてもらって話したかったのかな。

ありがとうございます。本当は大阪のオカンに、あんた、それどしたの、って突っ込んでもらいたいところでしたが、お風呂シーンだったのでオッチャンに託しました。
お風呂って、結構しゃべくりの場なんですよね。ちなみに私もしゃべってきました。

> 次回、ミヒロの秘密、お楽しみに!って私が書くんじゃない^^;

わ。宣伝、ありがとうございます!
ミヒロは策と同じ普通の人ですが、ちょいわけ有り。小出ししていきます。
大海さんにもお楽しみいただけますように。
2014.11.07 Fri 21:04
Edit | Reply |  

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