オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

セカンドチャンス 21 木曜日(1) 

「策、起きろ。行くぞ」

ミヒロの声が耳元で聞こえて、薄目を開ける。目の前に、うんと濃い紅茶色の目。その目に、はらりとかぶる髪が濡れている。朝風呂にでも行ったのか。

「今何時?」
「五時半過ぎ」

俺は飛び起きた。

「どうして?」
「いいから早く。寝坊した」
「五時半なのに?」
「明るくなる前に出たかったんだ」

だから、なんでよ。まだ十分に暗いけど。

「三十秒で支度して」
「おまえ、タヌキだったのか、ミヒロ」
「何の話? 寝ぼけてないで早く」

俺は寝ぼけているわけではない。早起きは苦ではないのだ。仕事では毎朝早起きなのだから。五時半なんて、いつもなら余裕で起きている時間だし。ただ、今はこいつにペースが乱される。

ミヒロに急かされて、歯磨きも洗顔もそこそこに部屋を出る。来るときは俺が運んできたバックパックと手さげカバン、両方ともミヒロが持っている。

誰もいないレセプションに、ミヒロが部屋の鍵を置きに行く。フロントホールにも、誰もいない。ふと、入り口からすぐのところに、岬岩の灯台の絵画が飾ってあるのに引き寄せられる。

あの灯台は、この地域のシンボル。この絵の中の灯台は、赤と白の縞々模様が、青い海と青い空の中で鮮やかに描かれている。この宿のフロントにふさわしい、存在感のある画だ。

よくいる地元のアマチュア・アーティストが描いたのだろうか。昨日は、ばたばたしていて気付かなかった。

「この絵、俺のアニキが描いたんだ。うまいだろ」

ミヒロが俺の横に来て言う。ミヒロに兄弟が。

「ついでに、この宿の各部屋にある掛け軸は、俺のもう一人のアニキが書いてる。字がすごくうまくて、書道、九段」
「きゅうー段!」

思わず声が裏返る。俺たちが泊まった部屋にもあった、見事な漢詩の書かれた掛け軸を思い出す。

「でも、仕事で書道家してるとかじゃないから。普通に会社で働いてる。北海道にいるんだ」
「北海道かあ。遠いね」

相槌を打ちながらも、気になるのはミヒロのアニたちキ。何人兄弟? もっといたりするのか?

ミヒロが、出口のほうに向かって俺に目配せをする。オートロックのあのドアを出たら、もうこの宿には戻れない。いや、俺は良いのだけれど、ミヒロがここに何かを残しているような気がしてならない。

そんな俺の思いがミヒロに届くはずもなく、ドアに手をかけ、いとも簡単に外へ出る。夜明け前の早朝。真っ暗ではないけれども、まだ星も見えている。

昨日降った雨のせいか、少しだけ空気がしっとりしているように感じるが、寒くはない。波の音が、昨日よりも穏やかに聞こえる。

「さてと。行こうか」

車に乗り込むと、ハンドルを前に、ミヒロは両手に黒皮のドライビング・グローブをはめる。俺はちょっと勇気を出して、今まで言おうとして言えなかった、聞こうとして聞けなかったことを口にしてみた。

「ミヒロ、お前、家出でもしているのか? それとも、マジでなんかヤバイ犯罪にでも関わってんのか。逃げて回っているとか? 俺を人質にしているつもりかもしれないけど、意味ねえからな。俺の身内に金持ってるやつはいねえ」

ミヒロは目を丸くして俺を見てから、声を上げて笑い出した。ミヒロが肩を揺らして笑っている間、俺は肩をすくめて上目遣いにミヒロを見る。

「策。お前さあ、なんかすっげえ勘違いしてるぞ。誘拐のバイトって言ったの、まだ信じてるの? だったら、なんで夕べ俺が寝てる間に逃げなかったんだ?」
「いや、夕べはメシ食ったら眠くなっちゃったし、タクシー呼ぶ金とかもねえし。俺の財布、返せよ。携帯も」
「俺、お前の財布なんか取っちゃいねえぞ。携帯も。カバン、見なかったのか」

ミヒロの言うことに、俺は首をひねる。ミヒロは、笑いが収まらぬまま車のエンジンをかけた。

「誘拐のバイトなんて、あるわけねーじゃん」

愉快に笑い飛ばすミヒロに、「じゃあ、どうして」と返せなくて、俺は黙ったまま助手席のシートに身を預けた。

来たときとは反対に、くねくねの坂道を下って行く。海側に目を向けるが、林にさえぎられて岬岩の灯台は見えない。昨日は、灯台に行くのに薮をかきわけて、岩場まで出て行ったことを思い出す。綾ちゃんも、そうして行ったのだろうか。

「夕べの嵐、凄かったよな、ビュービューって」
「嵐?」
「知らないの? よく寝てたからなあ、策。イビキかいてさあ。おかげで夜中に起こされた」

ミヒロが、夕べの何を思い出したのか、目を細める。

「策、イビキがうるさかったからさあ、小鼻つまんでブルブル振ってやったら、うーん、とかいって寝返り打って静かになった。それで俺もまた眠れた」
「は?」
「けど、その二度寝で寝坊した」

鼻つまんでブルブルは、俺がミヒロにしてやったこと。同じことを俺もこいつにやられたのか。全然、知らねえ。俺は、深くため息をついて助手席に沈んだ。

とにかく、大きな通りに出たら、電車の駅まで送ってもらおう。財布も携帯も荷物全部返してもらって、俺は帰る。帰らなくてはならない。

「今日は天気、良さそうだね」

なんとなくミヒロが言う。海の方から白々とした明かりが見えていた。それに目を向けて、「うん」とだけ小さく返す。

「策、綾ちゃんのこと、聞いた?」

これには答えてやらなくてはならないだろう。綾ちゃんの事情と昨日までの状況について、夕べ女将さんから聞いたことを話してやった。

「そう。良かった」

ミヒロは一言だけつぶやくと、昨日綾ちゃんに見せた、うんと優しい顔になった。

「ミヒロ、何で晩メシに来なかったんだよ。女将さん、お前のこと待ってたのに」
「ああ、伯父さんの磯料理、うまかったでしょ」
「お前の伯父さんが、あれ作ってたのか」
「そ。料理長兼社長」
「さしみの舟盛りとか、金目鯛とか、凄い豪華だったよ」

あのフルコースは、とにかく新鮮でうまかった。最後のネコまんままで。

「コンビニのおにぎりの残りなんか、無理して食わなくても良かったのに」
「いやあ、あれをタダ食いは、なんか気が引けてさあ」

タダ食いと聞いて、俺は固まる。けど、そうだよね。俺、なんにも払ってない。

「ほら、気が引けるでしょ。だって俺、親戚だし、策は友人でしょ。泊めてもらうのをお願いした時点で、すべてが向こうの手の内。あれが出るってわかってたし」
「けど、食べないでそのまんま残すってのもなんだぞ」
「ま、それもそうだな。それは食物と環境に対する犯罪かもね。伯父さん、ごめん」

ごめんじゃなくて、女将さんにも、すみませんだろう。こんな逃げるように旅館を出てきて。綾ちゃんだって、きっともう一度、ミヒロに会いたかっただろうに。友人の俺は別としても。

・・・友人、か。



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木曜日の朝、宿を出発しました。これからどこに行くのでしょう。
策は家に帰してもらえるのでしょうか。

木曜日は、ミヒロがいろいろなことを策に語ってくれます。
皆様の、どうして? も(少しずつ -_-;)判明する予定です。
そして、策(と作者)にとって、濃く長~い一日になるでしょう(滝汗 -_-;)

PS:  実はただ今、お志事、嵐の中、山越え中(T^T)
いや、好きな物書きでもやんなきゃ、やってられないのです(><)

突然ですが、忙しいときの勘違い~(毎年やらかすのですけれど -_-;)

仕事帰り、スーパーを出たところで、若い兄ちゃんとニアピン。ハローと条件反射のようにお互いに挨拶を交わしてすれちがい、あ、この兄ちゃんは、と気づき、仕事してんだあ、と振り返って声をかけたら、ぜっんぜん知らない兄ちゃんだった。
にもかかわらずこの兄ちゃん、今日は金曜日だから早く上がったんだ、なんて返事をしてくれたもんだから、そーだねー、今日は金曜日だねー、とドキドキしながら返事したのでした。
ええ。金曜日ですよ。帰って夕食前にちょっと寝ました・・・(-_-;)

皆様もお忙しいところ、どうかお体と勘違いには(それ自分 ^^;)お気をつけください。

いつも応援をありがとうございます!

けい m(__)m


ご訪問、ありがとうございます^^
『セカンドチャンス』に、ご意見、ご感想、ご助言等いただけると嬉しいです。

皆様が素敵な一日を過ごせますように。
Have a nice day!
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Comment

Name - lime  

Title - No title

木曜日は、また新たな旅立ちですね。
ミヒロには兄弟がたくさん?
そして、やっぱり誘拐のバイトなんて、嘘だったんだあ。
じゃあ策を連れて行った理由はなんでしょう。やっぱり誰かにたのまれたのかな?
木曜日、また波乱があるのかな。
策、がんばれ^^

そしてけいさんのすれ違い勘違い^^
いきなり話しかけられてもフランクに返す兄ちゃん、素敵。
日本人にはないですよね。「なにこの人」ってなっちゃう。

そういえば英語圏では朝も晩もHelloなのですか?
うちの職場にキュートで可愛らしいフランス人少年がワークホリデーでバイトしてるんだけど、朝でもHello^^
つい、「おはようございます」って言っちゃった(笑)
2014.11.29 Sat 08:19
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

また長~い一日が・・・(-_-;)
怒涛、というのとは違うのですが、いろいろあって。

はい。ミヒロにはアニキがいるのです。
ちなみに、策は長男で、策と同じクリクリの目がかわいい大学生の妹がいます。
お話の中に出せるかどうかは微妙ですぅ(-_-;)

> じゃあ策を連れて行った理由はなんでしょう。やっぱり誰かにたのまれたのかな?
> 木曜日、また波乱があるのかな。

誘拐のバイトは、あるわけねーじゃん、と一蹴されてしまいました。だよね。
策を連れて行った理由といきさつは、お話の中でミヒロが語ってくれます。もうすぐです。
木曜日はミヒロにとっては淡々と進むのですが、策にとっては波乱というか、あれこれあって。
limeさんにすっきり納得してもらえるかどうか・・・(ドキドキ)

> 策、がんばれ^^

作者もがんばります^^
策は車でさらわれていくだけ。あ、やっぱ誘拐? 違いますって。

> そしてけいさんのすれ違い勘違い^^
> いきなり話しかけられてもフランクに返す兄ちゃん、素敵。
> 日本人にはないですよね。「なにこの人」ってなっちゃう。

そうなんです~。住んでいるところは田舎なので、特にフレンドリーなんです。
知り合いの息子さんで、大学生の子に一瞬似ていた。
大学生と思っていたところで作業着着ていたから、あれ? と思ったのです。
兄ちゃん、イケメンだった・・・(←そこ)

> そういえば英語圏では朝も晩もHelloなのですか?

HelloよりもHiかな。G'dayも(←オージーです)
「グダイ。ハァワー、ヤ」という感じ。わけわかんないですよね。
(↑ "G'day. How're ya.")

> うちの職場にキュートで可愛らしいフランス人少年がワークホリデーでバイトしてるんだけど、朝でもHello^^
> つい、「おはようございます」って言っちゃった(笑)

お。それはそれは。きっと親日なのでしょう。良いですねえ。
フランス人なら、「ボンジュール」でお友だちに!?
2014.11.29 Sat 11:24
Edit | Reply |  

Name - 八少女 夕  

Title - おはようございます

ああ、なんかミヒロのことだんだん好きになってきたぞ。
いいヤツじゃないですか。あ、前から妙にいいヤツだったけれど、でも、なんか心理的にちょっとやられ氣味です。

でも、なぜそんなに遠慮するの〜。もっとおじさんとおばさんの愛に甘えればいいのに。策、「誘拐されました」なんて言わなくてよかったですね! ぐっじょぶ。

そして、策の荷物はどこに? っていうか、逃げなくていいのって、もうお友だちになっちゃったから逃げられませんね。

あ、勘違いで挨拶して「あ」はたまにやります。でも、こっちは知らない人にも挨拶すべしという田舎なので、なんとか誤摩化せたりします。知らない人に対する言葉遣いにいきなり戻したりして、それはそれで妙かも。

嵐の中お仕事ですか? 氣をつけてくださいね!
2014.11.29 Sat 17:30
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: おはようございます

八少女 夕さん、コメントありがとうございます。

ミヒロのことだんだん好きになってくださって、超嬉しいです^^
夕さんの気になるいいヤツになってきたでしょうかね。

> でも、なぜそんなに遠慮するの〜。もっとおじさんとおばさんの愛に甘えればいいのに。策、「誘拐されました」なんて言わなくてよかったですね! ぐっじょぶ。

はは。今回の泊まりはアポなしだったんで(^^;)
綾ちゃんのこととか、感謝しています。
だったらちゃんとお礼を言わなくちゃですよね。

策の荷物は、そんなになく、ミヒロがちゃんと持っています。
はは。きっと逃げられない策です(予告^^)

> あ、勘違いで挨拶して「あ」はたまにやります。でも、こっちは知らない人にも挨拶すべしという田舎なので、なんとか誤摩化せたりします。知らない人に対する言葉遣いにいきなり戻したりして、それはそれで妙かも。

ああ、夕さんも田舎にお住まいなので、環境似てますかね。
うちの周りは麦畑なのですけれど。
そうそう。とりあえず、会釈だけでも挨拶。
じいちゃんばあちゃん、親戚従兄弟もごーろごろなので、誰にでも挨拶。
小さな町なので、相手はアジア人の私を知っている、私は知らないけど、という環境でもあります。
相手は知ってて話しかけてきて、最後のほうで、あ、自分この人の親戚だから、と言われることも。
あの兄ちゃんもそうだったのかな? 

嵐の中、お志事っす。とりあえず、今週、山二つ。一番高いとこ、超えなくては(><)
2014.11.29 Sat 20:32
Edit | Reply |  

Name - LandM  

Title - No title

誘拐のバイトか。。。
確かに需要がなさそうだ。
・・・ってか、犯罪のバイトはやめようぜ。。。

ってそういう話ではないですね。
2014.11.29 Sat 23:21
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

ホント需要なさそうですよね。リスクも高い。
策を誘拐したとしてもどんな利得が。おっと、策、ごめん。

大体、依頼人とか、誰でしょう?
地下組織とか裏組織とか、いえ、そういうお話ではなく・・・
2014.11.30 Sun 09:18
Edit | Reply |  

Name - 大海彩洋  

Title - ミヒロって

やっと木曜日だ~~~~!!!!
でも、木曜日だ~~~~!!!
ミヒロって背景はややこしそうだけれど、根は素直な奴なんですよね、きっと。そして、何か一生懸命やっている、そんな気がしました。
で、確かに、流れにまかれて豪勢なご飯を頂いちゃった策も結構大物だと言えるかも。
さらに、ミヒロの兄貴達ってすごいなぁ。実はミヒロも何か才能があるのかなぁ。どうせなら、音楽だったらいいなぁ。だって、策の練習が~~(とっても気になる、練習時間……いや、でもきっとイメージトレーニングと開き直りで、祥吾のOkをもらえる、のかな??)。

けいさんの不思議体験もなかなか素敵。きっと向こうも「あれ? 覚えていないけれど知っている人なのかな?」って思いつつ返事をしてくれたのかしら? 
私も時々、職場関係者に、スーパーなどで声をかけられることが。で、かなり長いこと喋っても誰か思い出せないことはしばしば。
でも大阪では日常茶飯事? 無茶喋っているおばちゃん同士が実は初対面なんて、よくある話で……(やっぱりイタリア人と関西人は似ているな)。
ただ、勘違いでもコミュニケーションはコミュニケーション(*^_^*)
人と人って、やっぱり面白いですね。
2014.12.01 Mon 23:43
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: ミヒロって

大海彩洋さん、コメントありがとうございます。

やっとで、でも、木曜日です~~(^^;)
金曜日は来年かもしれません~~(はるか向こうだーー ><)

おお。なんか、ミヒロのことをそんなふうに理解してくださって、とても嬉しいです。
みんな一生懸命に生きている、そういうお話を描きたいと思っているので、どっきりしてホント嬉しいです。
豪勢なご飯に関してはなにも考えていなかった・・・策と作者、ただのうまいもの好き(-_-;)
ミヒロの兄貴達・・・あ、成ちゃんみたいに大海さんを取り囲むほど大勢はいません(^^;)

策の練習時間・・・祥吾は、練習不足を聴いてやるほど甘くはない。こっちも夢かけてるんで。
さあ策、どうするんでしょね(言わないよ~ん)

不思議体験すか。はは。不思議の世界にはしょっちゅうはまっているかも(^^;)
親族関係のつながりにはいつもおよよと驚いています。
大阪のおばちゃんはさすがですよね。飴ちゃんの交換してくれるかな、私横浜だけど。ドロップあるで。

> ただ、勘違いでもコミュニケーションはコミュニケーション(*^_^*)
> 人と人って、やっぱり面白いですね。

そうそう。これです。知ってる知ってないも関係なく^^

木曜日、長いのですが、お付き合いいただけますように^^
2014.12.02 Tue 16:52
Edit | Reply |  

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