オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

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シェアハウス物語 13 カフェのバイト 

 最近、宇宙はバイトを始めた。

 “Café Trip Journal”(カフェ・トリップ・ジャーナル)というロゴの入った短めの黒いエプロンを腰に巻き、フロアに立つ。

「いらっしゃいませ」

 人気バンド、スクランプシャスのバラードがしっとりと流れるこのカフェは、駅からも宇宙の通う大学からも近い。そのため、カフェには地元の客と共に、多くの大学生も訪れる。

 店内にはたくさんの珍しいアンティークがディスプレイされていて、カフェというよりも、まるで世界博物館の中にいるような気分になる。

 アイテムの一つ一つは、旅行好きのマスターが、若い頃にバックパックを背負って世界放浪をしたときに集められたものだという。そのコレクションを見るために、専門家が来店することもよくあるらしい。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「えっと、ビーフ・ストロガノフと……」

 カウンターの手の届くところに、ガラスのウォーター・デカンタがある。手に持つとずっしりと重いこのデカンタは、透明感あるクリスタル製。

 スリムなボディーには、ハンドメイドのカッティング・デザインが施され、キラキラとしたプリズムが光の音を奏でるように美しい。

 高価な年代物のアンティークであるにもかかわらず、客がいつでも水のおかわりができるよう、クラスと共にさり気なく置かれている。

 マスターがロンドンでこれを見つけた時、一目惚れして手に入れたのだと後から聞いた。

「チャーハンも」
「お飲み物は?」

 マスターと同じく、このデカンタに一目惚れしてしまったのが宇宙。カウンターからこれを手に取って水を注ぎ、眺めるためだけにこのカフェに通うようになった。

 ガラスの中に、製造時にできたのであろう気泡や、塵の混入を見つけると、そこに当時の空気と歴史がギュッと封印されているのだと一人胸が高鳴った。

 いつカフェに来ても、このデカンタは新鮮な水と氷で満たされていた。グラスに注ぐたびに、ふわっと耳元に聞こえてくる水の落ちる音が心地良く、水道の蛇口から聞こえる水の音とは全く異なる世界に連れていかれるように感じた。

「そのデカンタが気に入ったのかな?」

 ある時、マスターから問われると、宇宙は自分が大学の新入生で、学部では環境学のコースを取っていること、それから、自分の興味が水に関する事にあって、将来は水に関わる仕事に就きたいと思っていること、それでカフェにあるそのアンティークのデカンタに目が行ったこと、などを夢中になって話した。そんな宇宙の言うことを、マスターは目じりにしわを寄せながら聞いてくれた。

 ここはマスターが一人で切り盛りしているカフェなのだけれども、ダメもとでバイトをさせてほしいと申し込むと、簡単な面接をした後に「採用」の返事をくれた。

 普段のカフェは六時に閉まるのだけれど、週に一度だけディナータイムを設けていて十時まで営業する。宇宙はそのディナータイムのある日にバイトに入っていた。

「水だけでいい」
「なんでだよ、桧山。うちはカフェなんだけど。マスターのコーヒー、めっちゃうまいんだけど」

 東京に来て一か月。大学生活は今のところ順調で、桧山岳雄(ひやまたけお)という、ちょっと厳つい名前を持つ富山県出身の友人もできた。いつも二人でつるんでいる。

 入学早々に桧山は、温泉同好会という名称の旅行サークルに入り、温泉旅行の費用を稼ぐためにバイトも始めていた。

「じゃあ……」
「普通のブラックね。マスターのブレンド、ホントうまいから」
「ああ、何でも良いよ」

 先のゴールデンウィークで箱根を訪れ、念願の温泉卵デビューを果たしたこの火山フェチで温泉オタクの友人は、ことあるごとに宇宙を同好会サークルに入れと誘って来る。

 水ものが大好きな宇宙に「温泉の成分と効能を調べるのいくない?」と言うのが決まり文句。興味がないわけではないけれど、先立つ旅費の問題が大きい。

「コーヒー、食後ね」
「オッケー」

 手早くオーダーをメモすると、宇宙は座席の桧山にくるりと背を向け、マスターのいるカウンターに向かった。

 カラン……

 ドアベルの音に押されるように、一人また客が来た。「いらっしゃいませ」と言うはずの言葉が別の言葉になる。

「え、良晴く……」
「良晴くん、久しぶり」

「な?」とマスターに振り返る宇宙。その宇宙に「よっ」とだけ声を掛けて、良晴はまっすぐカウンターに向かってきた。ローズの甘い香りがムン近づく。

 紫のネイルを揺らしながら、すらりと長い手を伸ばして掴んだのは、カウンターにあるカットガラスのクリスタル・デカンタ。慣れた様子でグラスに水をそそぐと、トンとハイチェアに腰を下ろした。

 宇宙がシェアハウスで、バイトが決まったことをみんなに話した時、良晴もその場にいた。「あ、そのカフェ知ってる」とか言っていたのが記憶に新しい。

「知ってるどころじゃねえじゃんか?」

 紫の瞳には、ボソッと落とされた宇宙の疑問は届かないようだ。マスターと親しげに話を始める。

「良晴くん、今日は大学に行くの?」
「大学はやめる」
「え、なんで、なんで?」

 思わず横から宇宙も口が出る。まだ風さわやかな五月。やめると決めるには時期尚早なのでは。

「これ以上籍だけ置いていても、学費の無駄。今日はこれから夜間の学生課に行って、退学の手続きをとってくる。善は急げだからね」

 必死の受験勉強の末、希望の大学に入ったばかりの宇宙にとって、大学を辞めることが善、とはつながらない。

「宇宙くん、チキンパーマジャーナ、あがり。5番ね」
「あ、はい」

 マスターと一緒に良晴の大学の話を聞きたかった宇宙だけれども、今はバイトとはいえ仕事中。

「あ、三宅さん、いらっしゃい」

 地元の常連さんもやってくるカフェのディナータイムの日は結構忙しい。宇宙はマスターから渡された出来上がりのメニューを盆に乗せると、耳だけはそこに残したい思いで仕事に戻っていった。



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 カフェの名前がやっと決まった・・・何年越しでしょ・・・


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Comment

Name - LandM  

Title - 

ほほう。カフェでバイトですね。
私も昔はやったことがありまして、コーヒー担当で活躍しておりました。
オーナーから
「これだけ腕があればカフェ経営もできる。経営はできるけど潰れると思う。」
・・・と言われるほどの腕だったじぇ。。。

ちょっと懐かしい思い出が出てきました。
(´▽`*)
2016.06.11 Sat 09:53
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Name - 大海彩洋  

Title - カフェでバイト

このワールドにぴったりのバイトだなぁ~。カフェとかバーとか、それに飲み屋って、そのお店の雰囲気にもよりますが、こうして人が集まるってのがいいですよね。特に学生にとっては、そして若い勤め人にとっても、その場所は大事にしたい場所。そこで何か出会いがあるとか人生が分かるとか、大仰なことじゃなくても、そこで時間を過ごしたことが、人生の中で大事な記憶になっていくんですよね。宇宙にとってもこの場所が思い出の場所になるんだな。
あ、まだこれから、でしたね。
カフェの描写、いいですね。さらり、と書かれていますが、その雰囲気の中にいるみたい。デカンタの下り、頷きながら読みました。こういうものに惹かれてその世界に入っていくの、わかるなぁ。
2016.06.11 Sat 12:50
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Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

わ。なんと。その活躍はすごい!

> 「これだけ腕があればカフェ経営もできる。経営はできるけど潰れると思う。」

これは意味深ですね。よ~くわかるような気が。
腕を追及するのか、経営に走るのか・・・?
お題に良さそう(←何の?)

LandMさん、また一つ引き出しの披露をありがとうございました^^
2016.06.11 Sat 18:59
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Name - けい  

Title - Re: カフェでバイト

大海彩洋さん、コメントありがとうございます。

宇宙はまだここでバイトを始めたばかりですけれど、そうですね。これからたくさんの出逢いや思い出が待っているはず。
あのマスターがいますから、ここ^^ やはりマスターがこのカフェを創っています。そして、人が集まってきます。
かつての面々もいまだに時々顔を出しますよ。
宇宙が出会えるかどうかはわかりませんが。(たぶん・・・? -_-;)

わ^^ カフェの中に入っていただけたでしょうか。
カフェの描写は長年にわたる宿題のようなもので・・・やっとちょっとは描けるようになったかな(どんだけ時間がかかるのか・汗 -_-;)
こんなデカンタ、欲しいなあと思った自分(苦笑)
2016.06.11 Sat 19:28
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Name - 八少女 夕  

Title - あ、マスターだ

こんばんは。

“Café Trip Journal”ですかあ。素敵だ。
マスターは、あのマスターですよね?
わ〜い。あ、マスターにもお名前をプリーズ。

宇宙にぴったりのバイト先。それもデカンタに一目惚れでというのが宇宙らしい!
ここでなら幸せなバイト生活を送れそうです。

良晴は、突然やってきたかと思えば、大学をやめちゃうのですか?
シェアハウスには続けていてくれるのでしょうか。アリーに続いていなくなっちゃうと寂しいじゃないですか。

次回も楽しみにしています。ここ、とても居心地いいし。
2016.06.12 Sun 04:07
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Name - けい  

Title - Re: あ、マスターだ

八少女 夕さん、コメントありがとうございます

マスターは、あのマスターです^^
思い出してくださって嬉しいです。
名まえは・・・あ、えっと、そっちも数年来の懸案で・・・(><)
マスター、ごめん。でも店の名前がやっと(やっとT^T)決まったから、今度は君の番(←それがいつなのって話 -_-;)

夕さんに宇宙らしいと言っていただいてとても喜んでいます。宇宙が^^
マスターの元で幸せなバイト生活、そして、人生経験を積んでいってほしいなあ。どうかなあ。

良晴は、割とよくこのカフェには来ていて、マスターとも親しいらしい(?)
すでに仕事を持って働いているので、夜間とはいえ大学で勉強するモチベーションが今は下がっているようで。
次回はその良晴についてです。(予告。予定?)

わ^^ 居心地いいだなんて。最高の褒め言葉です^^
またお越しください^^
2016.06.12 Sun 10:22
Edit | Reply |  

Name - 夢月亭清修  

Title - 

「温泉の成分と効能を調べるのいくない?」
↑コレ、良いじゃないですかw
温泉調べるのも良いし、この一言に桧山君のキャラクターがにじみ出ている気がします^^

宇宙君にとっても出会いの広がりそうな素敵なカフェですね♪
宗次朗さんに様子を覗いてきてもらおうかな。笑
2016.06.14 Tue 02:23
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Name - lime  

Title - あ、やっぱり

スクランプシャスの曲が流れてるし、三宅さんが来るし、あのマスターのカフェかな?と思ってたんだけど、決め手がなくて。

後書きで、やっぱり!と思いました^^
ようやく店の名が決まったんですね。
なんかけいさんワールドが繋がっていく感じ。
もしかしたら花園君とかも来たりして。(あ、もう結構な重役だったりw)

宇宙君、いいところにバイト行きましたねえ^^ここ、楽しそう。
良晴君がまだ謎ですが、ここで少しずついろいろわかるかな?
温泉同好会の彼も久しぶりです。(忘れてた!!)

家の外でもにぎやかになりそうですね^^
2016.06.14 Tue 08:25
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 夢月亭清修さん

コメントありがとうございます。

わ^^’コメント拾ってくださってありがとうございます。
桧山、夢月亭清修さんの中でどんなキャラなんでしょ。気になる^^

宇宙にとっても出会いの広がるカフェになるかもです。お話の中では描けませんが(たぶん -_-;)
おお。宗次朗さん! 皆さんもご一緒に覗きにいらしてください!
その時は深夜まで開店しましょう。
マスター同士のツーショットも見たい(*u_u)
あ、バイト同志とか客同士とかも♪(妄想が広がる♪)
2016.06.14 Tue 17:30
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Name - けい  

Title - Re: あ、やっぱり

limeさん、コメントありがとうございます。

limeさんにも覚えておいてもらえて嬉しいです。(三宅さんまで!)
うう。ようやく店の名まえが決まったよ、優作ぅ~(T^T)
徹さんも来てるし、田島も本当にたまにですけど来るんですよ。
宇宙も遭遇できるかもね。お話には出てこない予定なんですが(汗)

宇宙にとっておきのバイト先をあてがってやりました。時給は安い(^^;)
温泉オタクの桧山はちょっとポヨンとしている宇宙を引っ張って行ってくれないかな。
(あ、出てきたときだけに思い出していただければ^^)

良晴回は次回です。(予告)
いあ、そんなに大袈裟なことはないです。ミステリーじゃないですからね、このお話^^
カフェでロケ(?)の続きは・・・いつだっ m(_滝汗_)m
2016.06.14 Tue 17:47
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Name - あかね  

Title - お、スクランプシャス

うふふっと反応してしまいました。

カフェでバイトかぁ。人間観察もできていいですよね。
去年、私も、最初と話がちがうじゃないかぁ、って感じで接客業のバイトに就かざるを得なくなってしまって、たいへん疲れました。でも、思い出してみるとけっこう珍しい経験もできて、楽しくなくもなかったかな。

ガラス、好きなんですよ。
このデカンタ、見たいな。
外国のガラス製品は持ってませんが、ずいぶん前に沖縄で分厚いグラスを買いました。薩摩切子なんかにも憧れますが、あれは高い。

けいさんは素敵なガラス製品をお持ちなんでしょうね。
いつか、よろしかったら写真を見せて下さいな。




2016.06.15 Wed 12:00
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: お、スクランプシャス

あかねさん、うふふっ、とありがとうございます^^

人間観察、なるほど。それは面白いかも。
ぷぷ。お疲れっす。今は落ち着かれていらっしゃるのかな。

お。ガラスがお好きとは。私もこのデカンタ、手に取って見てみたいですね。
ガラス製品は素敵なものたくさんありますよね。高いっ(><)
うちにあったシャンペングラス、良い奴はぜーんぶ割ってしまいました(-"-)
割ってもダメージ少ないようにと安いのを使い出したら長持ちで・・・人生、そんなもんです。
コーヒーカップも結構割った。今使っているのも落としてひびが入ったまま使えるので使っています(^^;)
2016.06.15 Wed 22:08
Edit | Reply |  

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