オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

シェアハウス物語 15 良晴(2) 

 マスターが「オフィス」と呼んだその狭いスペースには、L字型のデスクが配置され、電話、コンピュータ、プリンター、書類棚など一通りのオフィス機器が設置されていた。

 良晴が座り心地の良さそうなスプリングチェアに腰を降ろすと、マスターはそっとその場を後にして仕事に戻った。

 良晴は携帯をデスクに置くと、画像モードに切り替えた。画面に現れた風景を受け入れようと息をのむ。それから気を整えて声を掛けた。

「おやじ」

 見たことのない白い部屋、白いベッドに、目を閉じた父親がいた。良晴の声掛けには何の反応もない。姿勢を正して、もう一度声にしてみる。

「おやじ」
「お父さん、良晴だよ。聞こえる?」

 疲れた表情の母親が、ベッドに横たわる父親の耳元に語りかける。突然倒れたのが前日。それからずっとつきっきりで看病している。

「おやじ。胸が痛いなんて、今頃になって青春時代に失恋したときのことでも思い出したのか」
「なに言ってんの、良晴」

 映像を映しているだろう姉の声。母親がほんの少しだけ目を細める。父親の顔色は青色を越して灰色と言えるほどに悪く、血の巡りが良くないことがスクリーンからでもわかる。

 胸がズキズキと突かれるように痛むのは、自分の方かもしれない。そう感じながら、良晴は自分の存在が父親のすぐそばにあることを知らせるように言葉を続ける。

「母さんの魅力に胸ズキュンて撃ち抜かれたのはとっくにわかってるから。死んだふりはやめてもう起きろ」

 再び画面が少しだけ揺らつく。

「良晴。お父さんに、良晴が今何をしているのか話してあげて。お父さん、本当は良晴の仕事の事、良く知らないから。本人から直接聞きたいと思う」

 先ほどまで人工呼吸器を装着していたけれども、外してもらったのだという。だから顔色は恐ろしく悪かったけれども、父親の顔全体を見ることができた。

 母親からの願いに、良晴は何をどう話したら良いのだろうと考えを巡らせる。父親との会話。その仕方を忘れてしまうくらいの時間と気持ちの隔たりがあった。

 心電図のモニター音だけが、あまり聞きたくないBGMとしてわずかに流れる。

「俺のしていることは……」

 父親とはずっと折り合いが悪かった。それが老舗の温泉旅館である実家に寄りつかなかった一番の理由だった。

「ガキの頃から変わっていねえよ。おやじが鬼みてえな顔して『やめちまえ』って言ったことを未だにしている」

 子供のころから写真やビデオを撮るのが大好きだった良晴は、父親の望む道には進めないと早くから気づいていた。

 末っ子とはいえ長男。伝統を積み上げてきた老舗の旅館を継ぐことが、生まれた時から良晴に期待されていたことだった。

「だいたい、写真だってビデオだって、最初はおやじが俺に教えたんだぞ。だろ?」

 返事に期待することなく父親に問いかける。それでも少しだけ、いつものように「生意気なことを言うんじゃねえ」と言い飛ばしてくれるのではないかと錯覚したくなる。

 娘二人の後に、歳が離れて生まれた待望の男の子。忙しい仕事の合間に写真やビデオを撮りまくる父の手にある不思議な機器が何なのか、幼い良晴が興味を持つのは自然なことだった。

 中高生対象のフォト・コンテストやフィルム・フェスティバルで賞をとる度に、家族は喜んでくれた。けれども、それと将来の進路とは問題が別だった。

「お父さんね、『良晴はいつになったら大学を卒業するんだ』って、今年に入ってからうるさくてね」

 大学進学。そこが決定的な決裂となった。映像制作のアート系専門学校に行きたいと言った良晴は、父親からの猛烈な反対に遭い、仕方なく大学の経済学部を受験した。

「お父さんは板前の修行から旅館業に入ったから、大学に行く機会がなかったのよ。だから……」

 知っている。先代の祖父が早くに亡くなって、父親は経営にも携わることに苦労した。だから、良晴にはビジネスを学問としてしっかりと学んでほしいという希望が強かった。

「おやじ。ごめん。俺、経済学部から転部して、今は社会学部でメディアとシステムを専攻してるんだ」

 画面が再びかすかに揺れる。今更な告白に、母親が「あら」という顔をして、父親の髪をそっとなでる。

「昼間にやっている仕事は、映像クリエイターのアシスタントみたいな仕事で、簡単に言うと、テレビとか映画の制作や撮影の手伝い。

 実際の撮影よりも、CG(コンピュータ・グラフィックス)とかVFX(ビジュアル・エフェクツ)とかの技術の方をやってるんだ。わかる?」

「全くわかりません」という顔で母親が首を傾げる。「そうだなあ」と良晴は腕を組んでから説明をやり直す。

「えっと、例えば『スターウォーズ』とか『ハリーポッター』とかの映画を日本人が作るとして、その特撮の部分の手伝いをしてるって感じかな。ま、ちょっと違うんだけど、そんな仕事」
「へえ、良晴すごいねえ、お父さん」

 母親が無表情の父親に向かって声を上げる。

「お父さんね、最近になって急に良晴が昔使っていたデジカメを引っ張り出して、岬岩(みさきいわ)の灯台の写真を撮ったり、海でビデオとかを撮ったりしだしたのよ」
「え? あのデジカメ、直ったの? てか、まだあったの?」

 良晴が目を丸くする。中学のときの誕生日プレゼントとして買って貰って、高校まで大切に使っていたデジカメ。

 それは、父親と良晴が進路の話でこじれたときに「こんなもの、やめちまえ」というセリフと共に父親によって床に叩きつけられ破損した。

 その時の親子喧嘩を思い出した母親が「あの時は大変だったよね」と目を細めながらしみじみと父親に語りかけた。

「お母さんが一番大変だったよね」

 ねぎらうような姉の声もする。

 大事にしていたカメラを壊された時、狂ったように暴れたその時のことは、良晴にとっても、思い出すたびに魚のキモを口にするよりも苦々しい。

「お父さんも元々板前で手先が器用でしょう。機械も苦手じゃないから、知り合いのカメラ屋さんに聞いたりしながらいじってたら直ったんだって」
「とっくに捨てられたと思ってた」

 小学生の頃から始めて、中学高校とビデオ制作に没頭する良晴のことを、父親も含めて家族が応援してくれた。

 それを大学受験になって急にやめろと言われて、何だか裏切られたような嘘をつかれたような、そんな気持ちになった。

 悲しくて泣きたい気持ちが、心をざっくりと断ち切るような怒りとなって、父親とは口を利かないどころか、まともに顔を合わせることも無くなった。

 そのまま、大学入学のため良晴は家を出た。



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 ちょい長くなった(汗)

 良晴は、拙作「セカンドチャンス」で策とミヒロが一晩お世話になった憩旅館の跡取り息子でした。策がタダ食いした磯懐石を作った板長兼社長が良晴のお父さん。ミヒロの叔母さんで美人の女将が良晴のお母さん。

 つまり、ミヒロと良晴は母方つながりのいとこ。(ということは、ついでに拙作「夢叶」の湊人ともいとこ~) 歳は結構離れています。良晴と上の姉二人がそもそもかなり歳が離れています。「セカンドチャンス」の時の良晴はまだ中学か高校かな。あの時、ミヒロとは会っていません。

 ちなみに、良晴が旅館の跡を取らなくても、しっかり者の姉たちが旅館を継ぐのでそちらの心配はない模様。

 そんな裏設定でした。

 (3)に続きますm(__)m


 ご訪問、ありがとうございます^^
 「シェアハウス物語」(”Share House Story”)に、ご意見、ご感想、ご助言等いただけると嬉しいです。

 皆様が素敵な一日を過ごせますように。
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Comment

Name - 夢月亭清修  

Title - 

続いた!
うっかり前編、後編くらいの気持ちで読んでました。笑

お父さんにもお話してほしいなぁなんて思いますが……
とりあえず(3)を楽しみにしてます!
2016.07.03 Sun 22:00
Edit | Reply |  

Name - 八少女 夕  

Title - ああ

こんばんは。

お母さんは、ミヒロや湊人の叔母さんで、ご実家はあの時の旅館でしたか。
良晴のお父さんが亡くなったのも悲しいけれど、あの暖かい旅館のご主人が亡くなったのも更に悲しい。

お父さん、跡を継いで欲しかったけれど、でも、良晴の本当にやりたいことも陰ながら応援していてくださったんですね。ううう、感謝を伝えるのに待ち合わなかったのが残念。

この後は、どうなるんだろう。続きを待ちます。
2016.07.04 Mon 03:17
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 夢月亭清修さん

コメントありがとうございます。

続いちゃった!
本当は一気に行きたかったのですが、長すぎた(><)
(ワンちゃんの時もそうだった・・・)

(3)で終わる!(はず!?)
2016.07.04 Mon 10:45
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: ああ

八少女 夕さん、コメントありがとうございます。

はい。実家はあの時の旅館でした。
夕さんの記憶を馳せていただけて嬉しいです。
跡取り問題って、当事者の方々にとっては結構切実なのでは…と想像の域を出ないのですけれども。

家族って、結局はどんなことがあっても愛してくれるし、応援してくれるんじゃないかな。
そうあってほしいという願いもあったり・・・
昔気質な頑固親父タイプは特に(?)
夕さんのところにもいらっしゃる^^
お互いその息子たちは・・・(多くは語らず^^)

この後は宇宙が・・・なんにもしません(汗 ><)
2016.07.04 Mon 11:09
Edit | Reply |  

Name - lime  

Title - あの旅館の!

けいさんのお話は、いろんなところで驚きのつながり方をしててびっくり。
憩旅館のあのおかみさんが、良晴のお母さんなのかあ~。
良晴がイケメンなわけだ^^

でも、いいよ良晴。間違ってない。自分の夢を追いかけて見たくなるのが人間だもの。
お父さんも分かってるはず。

でも心配だねえ。テレビ電話じゃなくて、ちゃんと面と向かって打ち明け話ができる日が来るといいね。

子供って面白いよね。ある日突然とんでもない夢を語ったりするんだけど。
絶対にかないっこない夢だった場合、さあどうしよう…と悩むのです、親は^^;(トオイメ)

良晴の場合はきっと、その夢かなえると思うから、大丈夫です^^お父さん!
2016.07.05 Tue 14:06
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Name - けい  

Title - Re: あの旅館の!

limeさん、コメントありがとうございます。

つながりと言うか、設定の使い回しと言うか(^^;)
はい、良晴はお母さん似です。(で、性格はお父さん似)

良晴のように背負っているものに大きいものがあると大変だなあと思いますね。
それを振り切ってしまうのも大変。
お互いを受け入れ合って理解し合うって、色々な場面で大変だなあと思います。
お父さんの想いはどうなんでしょうね。

お。limeさん、夢を語られたのですかね。
うちも進路の時は意外でちょっとへえと思ったりしたのですがその後は聞いても教えてくれません(><)
聞かない方が良いかもと思って黙ってます。いま、遠距離だし(-"-)

良晴の応援をありがとうございます。
うん、お父さんの子ですから、きっと大丈夫^^
2016.07.05 Tue 19:54
Edit | Reply |  

Name - あかね  

Title - いろんな事情があるんですよね

人には家族がいて、いろんなつながりがあって、しがらみがあって、確執もあって、それがとても心地よいこともあれば、つらいこともある。
人間だもの、なんでしょうね。


そういえば動物病院の看護師をしていた友人の手なんかは、ものすごーく傷だらけでした。
私の腕や背中にも、いつの間にか傷がついています。

この前のパートで猫にひっかかれたっていうのを読んで、ああ、あるある、なんて笑っていたのですが、ちょっと重いお話になってきましたね。
2016.07.08 Fri 01:27
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: いろんな事情があるんですよね

あかねさん、コメントありがとうございます。

全部をひっくるめて、人間だもの、ですよね。
とても深いところで色々と読み取っていただきとても嬉しく思います。

お。お友達が。あかねさんも。背中~^^
そそ。あるあるですよね。手の甲なんて、かわいいもんです。
シェアハウスのみんな、それなりにひっかかれたりしている模様^^

はい。ここはちょっとだけ重いお話になりますが、あかねさんにも良晴を見守っていただけますように。
2016.07.08 Fri 12:01
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Name - LandM  

Title - 

旅館ですね~~。
確かに跡取りは必要になるんですかね~~。
まあ、土地問題や財産問題もあるので、血統が必要になってくるのですかね~~。
そうなると、跡取りもプレッシャーになりますよね。
娘さんじゃダメなのかな?
(*´ω`*)
2016.07.09 Sat 17:21
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

旅館です~~^^ 老舗です~~。
伝統の世界のことは実は良く分からないのですけれど、プレッシャーも含めいろいろはあるのではないかと。
良晴のところは、美人でしっかり者の娘さん二人で伝統を守っていく模様です。なので安心^^
良晴は自由人・・・?
2016.07.10 Sun 09:23
Edit | Reply |  

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