オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

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三つの乾杯 4 定年退職の祝い(2) 

 濃厚なパンプキンスープは、ほんのりとした甘さが味わい深く、それだけで満足してしまうくらいにおいしい。

「進藤様にはホームメイド・ローストビーフ、奥様にはクリームソースのラムステーキでございます」

 続けて運ばれるメインミール。担当のソムリエから説明を聞かないと、大樹も明美もどちらがビーフでどちらがラムなのかもわからない。

「なんか緊張するなあ。明美さんにプロポーズした時よりも緊張するなあ」

 不慣れなナイフとフォークに奮闘しながらも、大樹が嬉しそうに言う。

「なに言ってるの。救急に当たっていた患者さんが急変したときの方がもっと大変だったでしょう?」
「それは仕事だから、これとは全然違う緊張だよ」

 二人はお互いのビーフとラムを一口分交換し合って、「おいしいね」と目を細めた。

「失礼いたします。こちら進藤様に、明菜様、千明様よりメッセージです」

 そう言って、担当のソムリエが薄い桜色の封筒を差し出した。

「あら、大樹さん、ラブレターなんて、何年ぶり?」
「もちろん、生まれて初めてだよ」
「うそばっかり」

 封筒を開けると中からお祝いのカードが。娘たちの粋な計らいに、大樹は顔をくしゃくしゃにして照れ笑いをした。

「読んで」

 明美がそっと促す。大樹はカードを開くと、びっしり詰まった文字にまず「おっ」と驚き、それから「どれどれ」と文面に目を落とした。

「『お父さん、定年退職、おめでとう。

 雨の日も雪の日も、暑い日も寒い日も関係なく仕事に出かけるお父さんの背中を見て私たち姉妹は育ちました』

 いや、もう無理」

 眉尻を思いきりハの字に下げた大樹が、逆に「読んで」と明美にカードを手渡した。早々にギブアップした大樹の代わりに、明美が続きを読み始める。

「『救急救命士として一筋に働き続けたそのキャリアは、父親としても、人としても間違いなく尊敬に値します。

 お父さんの仕事に対する気概と情熱、それでどれだけの人の命を救ってきたことでしょう。

 ついこの間までシフトをこなし、若手の指導にも当たっていたお父さんは、まだまだ現役行けるんじゃないかと思ったりしています』

 かっこ、『(あ、「まだ働け」という意味ではありません)』、かっこ閉じ」

 読みながら、明美が「ふふ」と小さな笑いをもらす。大樹は嬉しいやら恥ずかしいやらで、額にじわっとにじみだした汗をナプキンで押さえた。

「『先日、退職直後にうちに遊びに行ったとき、定年を勤め上げた気持ちを聞いたら「昨日も今日も変わらないよ」と言っていましたね。

 仕事人だったお父さんが、長年やり続けていた仕事からふと離れるとき、どういう気持ちになるのか、娘の私たちには全然想像がつきません。きっと、一言なんかでは言えない、様々な思いがあるのでしょうね』

 あら、大樹さん、いつの間に子どもたちとそんな話をしてたの」

「いやただ『どう?』って聞かれたから、『別に』って答えただけだよ。それがこうなるとは思わなかったなあ。もっとカッコ良いこと言っておけば良かった」

 ナプキンをギュッと握ったまま苦笑を見せる大樹に、明美も目を細めた。続きを読む。

「『私たちは高校の時に』、あらこの話、お父さんには内緒にしておくはずだったのに」
「なになに?」

 明美の目が、カードと大樹との間をチラチラと行ったり来たりする。

「もう何年も前のことなんだけど……大樹さん、怒らない?」
「怒らないから読んで。いや、内緒と言ったって、そこに書いてあるんでしょ」

 娘たちの策に、母親の自分も巻き込まれているのだ。遅ればせながら、明美もそれを自覚したうえで、懐かしい思い出を語り出した。

「『お父さんみたいなかっこいい彼と結婚すると密かに心に誓いました。お母さんに、どうやってお父さんと出会ったのかと馴れ初めを聞いたら……』」
「えー、明美さん、その話、二人にしたの?」

 そのさわりだけで、当事者の大樹には全貌がわかる。誰にも知られてはいけない犯罪を隠していた、というわけでもないのに、心臓が跳ね上がり、顔が熱くなる。

「母と娘のガールズトーク」

 もちろん明美は悪びれることなく、ウインクをして見せるだけ。

「『ハイスクール・スイートだったと聞いてびっくりしました』」
「ホントに? ホントに?」

 大樹にとっては、手に握るナプキンに汗が染みだすくらいに感情が高ぶる。

「『しかも、ファーストキスが人工呼吸の実践だったとは、まさにのちに救急救命士となったお父さんならではのエピソード』」
「明美さあん」

 大樹が目をしょぼんとさせて、助けを求めるような声を上げた。

 人命を救助する仕事に就いていたはずなのに、今は自分を救助してくれと言わんばかりに明美に訴える。

 大樹の顔は耳まで真っ赤になり、顔から火が出るのを押さえるように両手で顔を覆った。大樹のそのリアクションに、明美が口を押えてクックと肩を揺らす。

 「ハイスクール・スイートって言うんですって」

 もう一方の当事者である明美は、全く平然としている。その違いは、起きたことに対する視点の違いによるものなのだろうか。

 その話は、記憶の宝箱にある大切な青春の一ページ。

 一気に高校時代の甘酸っぱい思い出がよみがえる。大樹は、恥ずかしさのあまりに明美の顔をまともに見ることができず、目を泳がせる。

 すぐそばのテーブルには女性数名のグループ。仲良しの友人たちの集まりなのだろうか。先ほどから楽しそうな笑い声をあげている。

 その向こうには、男性二人に年若い女の子。神妙な顔で話し込んでいる様子。まさか女の子が、怪しいセールスにでも引っかかって、困っているのではないだろうか。自分も娘を持つ親として少々心配になる。

 けれどもすぐに、今の自分は人のことを心配するどころではないことを思い出す。

 挙動不審の未確認飛行物体を追うような大樹の視線の動きに、明美は可笑しさが止まらない。

  先ほどから小刻みに笑い続ける明美を前に、今更の照れ隠しに大樹は手にあったナプキンをナイフとフォークに持ち替え、わざとらしくローストビーフをザクザクとカットする。

 それをガッと口に入れるとグラスに手を伸ばし、メルローの赤ワインと一緒にドクンとのどに流し込んだ。


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Comment

Name - LandM  

Title - 

幸せな定年退職ですね。
こういう定年退職をしてみたいものですが。
まずは子どもがいるな。。。
結婚をしないと。。。


泣けてきます~~~~。
(ノД`)・゜・。
こういう幸せ展開に万歳ですね。

2016.10.21 Fri 20:38
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

幸せですよね~
うーん、幸せにはいろんな形があるよ~

LandMさんにも幸せが流れていくよ~~^^
2016.10.22 Sat 20:10
Edit | Reply |  

Name - 山西 サキ  

Title - こんばんは。

本当に仲のよい、まさに鴛鴦夫婦っていうんですか?こういう夫婦良いですね。憧れるなぁ。それに素敵な娘さん達・・・。素直なのかな?こういう風に出来る夫婦はそう多くないと思います。
あまり大きくはないけれど、身の丈に見合った(少し大きい加減かな?)幸せを素直に受け入れている感じがして、こちらまで暖かい気持ちになりました。
遠慮の無いガールズトークが出来る明美と娘達の関係、仲は良さそうなんだけど、やはりそうはいかない大樹。
お母さんとお父さん、2人の立ち位置のギャップがとても良く表されていて面白かったです。
ハイスクール・スイート?どんなエピソードが娘達に語られたのか、これから明らかになると思うんですが、とても楽しみです。
クスクス笑いの止まらない明美、反対に照れまくる大樹、2人の様子がとても可愛いです。
これで2つ目の乾杯ですね。あと1つかな?
3つの物語がどのように繋がっていくのか、また少しずつ読ませていただきますネ。
2016.11.20 Sun 17:33
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: こんばんは。

山西サキさん、コメントありがとうございます。

こういう夫婦って、いなそうでいらっしゃるんですよね。
どう育てたらこんなお子さんが…という方も。
身の丈に見合う、何事にもそうですね。深いです。

あ、なんかうまくギャップを汲み取ってくださってとても嬉しいです。
そうか。ここがギャップとは思ってもみませんでした。
読み込んでくださってありがとうございます。
父親と母親って、やはり温度差ありますよね。
ハイスクールスイートは高校生のラブラブってとこですかね。

はい。乾杯がもう一つです。
そして、3つの物語を繋げるのにかなり苦戦していますが、見守って(作者のことを)いただければと。
ご訪問ありがとうございます!
2016.11.20 Sun 23:03
Edit | Reply |  

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