オリジナル小説を綴っています。 拙いものですが、少しでもお話を楽しめる憩いの場になればと。

シェアハウス物語 20 黄金の部屋にて(2)  

「あの……」

 ペタリ、という足音と共に女の子が振り返った。宇宙を見ると、傷ついた小鳥のように首をすくめる。玄関灯のほのかな明かりに照らされたその顔が目に入ったとき、宇宙は息を呑んだ。

 赤黒い顔。特に目の周り。鼻血も切れた唇も痛々しい。一体この子に何が。すぐに言葉を出した。

「どうしたの?」

 けれども、同時に女の子が体をひるがえした。

「待って」

 上腕を掴むと、女の子が小さなうめき声を上げてよろめいた。すかさず肩を抱きかかえる。宇宙はびしょ濡れだったけれども構わなかった。相手もびしょ濡れだったから。

 ひどく冷たい体。どのくらいの間、雨に濡れていたのだろうか。女の子に抵抗する力はなく、宇宙はそのまま急いで門から上がり、勢いよく玄関を開けた。

「ワンちゃんか、ニコール、いるー!?」

 宇宙の大声に反応して、バタバタと足音が鳴った。キッチンの方から出てきたのは、シェアハウスオーナーの現だった。少し遅れてムーカイ。

 二階から顔を出したワンちゃんが一目で事態を把握して、階段をやはりバタバタと音を鳴らして降りてきた。

 女の子はそれまで張っていた糸が切れたかのように脱力し、玄関でへたり込んでしまった。

「宇宙、リビングにある救急箱持ってきて。ムーカイはお湯。ぬるめね。ワンちゃんは一緒に来て。黄金(こがね)!」

 現が指示を出して女の子を力強く抱え上げると、全員が動き出した。黄金は元アリーの部屋。二階に上がり部屋に入ると、ワンちゃんが大急ぎでベッドにシーツを張った。

「ワンちゃん、タオルも持ってきて。あと、この子に着せてあげるシャツとかあるかな」
「ある。すぐ持ってくる」

 現が女の子に声をかけながら、ベッドに降ろした。ワンちゃんが急いで黄金の部屋から出て行くと同時に救急箱を持った宇宙が部屋に入った。力なくベッドに腰掛ける女の子と、背中を支える現が目に入った。

 部屋の灯りに照らされた女の子の状況は酷いものだった。濡れた服は汚れ、ところどころ血もにじんでいた。

 顔の腫れもひどく、暴力か似たような仕打ちを受けたことには間違いがない。事故だと言われたとしても強く否定できる。幸いなことに意識はあり、現の言うことに小さく「はい」と答えているのが聞こえた。

 間もなくワンちゃんが着替えとタオルを抱えて部屋に戻ってきた。ムーカイは鍋とポットにぬるま湯と、カップに白湯を飲めるように運んできた。

 おしぼりまで用意してきたムーカイにワンちゃんが「さすが」と目を細めて受け取る。やんわりと促すように宇宙とムーカイに視線を流し、二人が部屋の外に出ると、静かに黄金のドアを閉めた。

「ソラ」
「ムーカイ」

 お互いに横目で同時に呼びかけるが、言葉が続かない。なんとなく肩を並べて階段に向かう。一段一段足を降ろし始めると、宇宙の腹が思い出したようにググーと音を上げた。

「カレーで良いなら、たくさんあるよ。現さんと一緒に作ってたんだ」
「良いならいただく」
「じゃあ、あっためておくから、先に風呂に入ってきな」

 素直に「うん」と頷くと、宇宙はリビングに放った自分の荷物を拾い上げて二階に上がった。閉じられた黄金のドアにちらりとだけ目を向ける。静かなことだけはわかった。それから、自分の紅の部屋のドアを開けた。

 ムーカイから風呂と言われたけれど、さっとシャワーを浴びるだけにした。駅からの帰り道、良晴の良い匂いのする入浴剤を入れた風呂でのんびりしようと思ったことなど、とっくに頭から消えていた。シャワーの後、すぐにダイニングに戻った。

「カレー、できてるよ」

 ムーカイはもう先に食べていた。宇宙もキッチンに入り、ムーカイからのおすそ分けを皿に盛る。現の好みだと普通より辛めなのだけれども、今はなんでも良いと思った。

 ニャー。

 シャミーがどこからか帰ってきた。帰ってくると一応サンルームの方から「ただいま」と言うように声をかけてくる。

 もう「ミー」ではない。すっかり家族というか、自分も人間のつもりでいるのか、存在を主張するような歩みを見せる。

「シャミーちゃーん、おきゃえりい~」

 ムーカイが、アリーから伝授されたような甲高いアニメ声でシャミーを抱っこした。外にはいなかったのだろうか。濡れていない。

「ただーいまー」
「うお。ニーちゃん!」

 いつものだみ声に戻り、ムーカイは「やっと帰ってきたー」とシャミーを抱っこしたままキッチンに顔を出したニコールににじり寄った。

「なにムーカイ、そのドヤ顔」

 ニコールがダイニングでカレーをほおばる宇宙に援助の視線を向けるが、すでにムーカイのトークは始まっていた。見る見るうちに、ニコールの眉間に険しくしわが寄っていく。

「OK。サンクス・ムーカイ」

 ニコールは肩から下げていたカバンの持ち手をギュッと握ると、小走りで二階に上がっていった。

「お茶でも入れようか」

 シャミーを床に降ろすと、ムーカイは少しだけほっとした様子で再びキッチンに立った。程なくゴロゴロとポットにお湯の沸く音がした。

 宇宙はカレーを少しづつ口に運んでいた。熱くて辛いからというのと、なんとなく二階が気になって進まないというのもまたその理由だった。

 カレーを食べながら、ムーカイの淹れてくれた緑茶もチビチビと飲む。そんな食事の時間は会話もなく、珍しく静かだった。

 ニコールが二階に上がってから程なく、現がキッチンに戻ってきた。鍋に水を入れて火にかける。

「ムーカイ、うどんあるよね」

 その声に「あるよ」と答えるとムーカイが席を立った。つられて宇宙も席を立つ。

「ねぎと乾燥わかめもあるよ」

 うどんを現に渡すと、ムーカイは冷蔵庫を開けて宇宙のねぎを取り出し、刻み始めた。

「ごめん。ソラのが一番新しいから」
「いいよ。使って使って。卵も使って」

 宇宙は食器棚を開き、器やら箸やらを出し始めた。

「現さん、女の子どう?」

 トントンと調子良くねぎを刻みながら、ムーカイが訊いた。現は、菜箸でうどんをほぐしながら、宇宙とムーカイに真顔を向けた。



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Comment

Name - 大海彩洋  

Title - うむ

なかなか事情が分からないままですが、心配ですね~
黄金のお部屋の新しい住人になるのかしらと思わせる彼女、でも何となく訳ありっぽい。出て行く仲間もいて、やってくる新しい人もいて、なんて素敵なラストだったらいいなぁって思っていたけれど、そうは簡単にはいかないみたい。一波乱、お待ちしたいと思います。
でも久しぶりにみんな順番に登場で、懐かしいような、ほっとするような。カレーシーンもいいですね。こういうの、何だかほっとするなぁ。
シャミーちゃんもおっきくなったんですね。あ、そうそう、猫って最初の数ヶ月でびっくりするくらい大きくなりますものね。どちらかと言うと、壮年期からの方が長いはずなのに、うちのマコトはいつまでも子猫設定(ファンタジーだし^^;)。
次回、何か事情の片鱗が見えるでしょうか。
2017.02.11 Sat 10:17
Edit | Reply |  

Name - lime  

Title - 

う~~ん
きになりますねえ。
この女の子の事情も、ここに居た事情も。
少ししっとりモードで始まった章だけに、このままシリアス系の展開になっていくんでしょうか。
でも、少女をケアしてる間の宇宙やムーカイの会話が対照的でいいですね。
きっと心配なんだろうけど、日常の会話をワイワイ続けて、その空気感をとばしてるあたり。
こういう時、なかなか男の子は役に立てないもんなんですよね><

さて、女の子の事情。次回は分かるかなあ……。
2017.02.11 Sat 12:18
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - Re: うむ

大海彩洋さん、コメントありがとうございます。

事情は小出しではありますが、引き伸ばしはしないです。
ラストにしたいし…丸くおさまるのか(汗)
素敵なラストにできるかどうか全く自信がないのですが、頑張ります。

食べ物のシーンは苦手なのですが、この物語は結構多くて…ムーカイのせい?(^^;)
シェアメイトとしてのシャミーも忘れてはいけないと。
すくすくと大きくなっております^^

大海さんちのマコトと子猫のうちに会いたかったなあ(?)
会うときだけ子猫化できるかな?
タケルと対等に話せそうなのは現さんだな。

はい。事情の片鱗はお見せできます。
その先がまだありそう…(ちょい汗)
2017.02.11 Sat 12:55
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - limeさん

コメントありがとうございます。

ここに来て新キャラっていうのはどうなの? と思いつつ、こうなってしまった…(-_-;)
女の子の事情も、ここに居た事情も、基本シリアス系です。
展開は早めにしたい(希望)

黄金の部屋で着替えたりしているので、現は特別として、宇宙もムーカイも出されちゃいましたね。
まあ、ワンちゃんとニコールがかなりしっかりしているので任せた方が良いということで。

女の子の事情は、次回で半分くらいわかる。と思う(^^;)
どうしてシェアハウスかは、その次。と思う(-_-;)
2017.02.11 Sat 13:28
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Name - 夢月亭清修  

Title - 

うわお、なんだか今までのシェアハウスには無かった雰囲気ですね……
住人の誰かと関係があるんでしょうか?
どきどきで見守らせていただきます^^
2017.02.11 Sat 20:36
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - 夢月亭清修さん

コメントありがとうございます。

なんか自分でもここにきてこの雰囲気はどうなの、と思っているのですが(-_-;)
描くときって、いつもこれアリなのかと悩む。

さすが夢月亭清修さん、鋭いですね。関係ですか。ふふふ、とだけ。
展開を見守ってあげてくださいね^^
2017.02.12 Sun 06:26
Edit | Reply |  

Name - LandM  

Title - 

おっと。
ここで起承転結の転ですかね。
なんだか波乱の予感。。。
救急車を呼ばなかったのは良い判断なのですかね。
どのみちあの怪我だと病院に行くと自動的に警察に連絡しないといけないですからね。
( ̄~ ̄;)
2017.02.12 Sun 20:54
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - LandMさん

コメントありがとうございます。

うおあちゃ…これでも、起承転結の結のつもりなんです(><)
この物語、起承転結ないかも(滝汗)
大きな波乱にはならない予定なのですが…(滝汗2)

救急車を呼ばなかったのが良い判断なのかどうか……?
夜間診療に行っても家に戻されるギリギリの怪我だと思います。
だったら体動かすよりも休ませた方が良いかな、という判断ですかね。
けどそうですね。警察には連絡するでしょう。
記録は残さないとですね。
2017.02.12 Sun 21:20
Edit | Reply |  

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