シェアハウス物語 23  ホーム

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 可哀そうなことに、メアリー・アンは会社をクビになったと同時に、住んでいたマンションからも追い出されることになってしまった。

 一週間後には大きなスーツケースを手にバックパックを背負って、成田空港からフィリピンへ帰っていった。

「みんなによろしく。だって」

 メアリー・アンを空港まで見送った現の報告に、ムーカイ、ワンちゃん、宇宙が耳を立てる。

 現はその後、メアリー・アンの会社に一緒に出向いて、メアリー・アンが最後に出勤した日までの給料を払ってもらえるように会社と交渉した。そのおかげで、メアリー・アンはそこから帰りの飛行機代を捻出することができた。

「メアリー・アンにとって、日本の思い出って嫌なものになっちゃったかな」

 宇宙が漏らすと、現がそれを否定するように明るく言った。

「最後は大変だったけど、仕事では生徒さんたちと楽しい思い出もできたし、日本にはまたいつか来たいって言ってたよ。ここで助けてもらったことにもすごく感謝してる」

 それを聞いて、ムーカイとワンちゃんもホッとした表情を浮かべた。

「うどんと、それから、宇宙が作ったみそ汁がすごくおいしかったって」

 宇宙は、シャミーを抱っこして微笑んでいたメアリー・アンを思い出した。最後はあんなことになったけれど、思いを残すことなく帰国できたなら良かったと安堵する。

 現からの一通りの話が終わり、それぞれが目の前にあるコーヒーの入ったマグカップに手を伸ばした。

 久々に現を交えての夕食も終わり、気になっていたメアリー・アンのその後もわかり、コーヒーを飲み終えたら会はお開き。そんなタイミングで、玄関の開く音がした。

「ニーちゃんだ。やっと帰ってきた」

 ムーカイが大きな黒い目をクルリと回した。ダイニングに向かってくる足音に耳をすませる。

「たっだいまー!」

 空砲の放たれたようなその登場に、テーブルの四人が斜め後ろにのけぞった。爽やかな白い細身のシャツに、スキニーのブルージーンズ。見上げるほどに背の高い、すっきりとした短髪の青年。

「えー! 髪―! 短かーい! 目―! 黒いー! 靴下、白―い!」

 宇宙が、他の三人も思ったことを口に出す。良晴はみんなからジロジロと見られるのに満足した様子で言った。

「イチローみたいでカッコ良いでしょ。みんな元気?」

 もわんと漂うバラの香りが、ある意味本人である証拠。その香りを身に纏ったまま四人に近づくと、手に持っていた紙袋をボンとテーブルに置いた。

「これはビワのゼリー。果肉たっぷりで甘ささっぱり。これはビワのジャム。風味ほのかでトーストにぴったり。ビワカレーもあるよ。こっちがほんのりフルーティーで、こっちがほんのりスパイシー」

 袋から出した「おみやげ」のひとつひとつをテーブルに広げると、良晴はニッと歯を見せた。筆ですっと線を引いたように細めた黒い瞳に紫のカラコンは張り付いていない。

「おかえり、良晴。まあ、座りなよ」

 目を丸くするばかりで唖然とするみんなを代表して、現が一声を発した。

「やっぱ、シェアハウスはイイなあ」

 紫でなくなった目をキョロキョロと回しながら、良晴はテーブルに着いた。

「いろいろ大変だっでしょう。実家はどうだった?」
「うんまあ、のんびりはできなかったけど、家族の時間が十分に持てたのは良かったかな。ぜーんぶ片付けて来た」

 良晴がすっきりしたのは、外見だけではないようだ。黒くなった、いや、元から黒かった瞳がキラキラと明るい。

「俺さ、実家にいた時もずーっとシェアハウスのことが頭から離れなかったんだよね。早く帰りたくて仕方なかった」
「どうして?」

 ムーカイが話を促す。

「高校を卒業して家を出てから、俺のホームはずっとここなんだ。大学に行って虚しい気分を抱えて帰ったのはここ。バイトであちこちに駆け回って疲れて帰ったのもここ。ムーカイが暑苦しいなと思っても帰ってきたし、ワンちゃんの新作折り紙から刺激を受けたくて帰ってくる」

 ムーカイが眉をハの字にして「なんで?」の視線を送り、ワンちゃんが「それは嬉しい」と目を細め、宇宙が「俺は?」の視線を送った。

「宇宙には感謝してる」

 良晴が「宇宙くん」ではなく「宇宙」とコメントしたことに、宇宙はこのシェアメイトとの距離が以前よりもグッと近づいたと理解した。

「俺、こう見えても長男なんだけど、地元では長男の役なんかなんにもできなくて。父親の葬儀の時も、母さんや姉さんたちの横でお飾りのように立っていただけだった。

 それでも家族としてのあれこれには尽くしたし、今まで家にいなかった分を取り戻すくらいの濃い時間を過ごした」

 実家で良晴は、家を出た時のままだった自分の部屋を片付けて、父親の物を整理するのも手伝った。その過程で、家族の思い出にどっぷりと浸かったりもした。

「一時は父親関係のことで忙しかったけど、一つ一つが片付いて実家も落ち着いてきたら、もう帰らなくっちゃって気持ちがムラムラしてね。

 実家には帰っていたんだけど、実家は俺のホームじゃない。いつも帰っていたところはどこなんだって頭に描いたとき、みんながいるこの家、シェアハウスが俺のホームなんだって実感した」

 ムーカイがうんうんと大きく頷いた。

「良晴がいない間、寂しかったよ。どこか空気が欠けた、みたいな感じ。でも、こうしてまた顔を合わせると、シェアハウスを留守にしていたのはほんの数日だけだったみたいに思うね」

「そう? そう言われると、なんか嬉しいな。やっぱ、このすっぽりとハマるような感じがイイ」

 良晴もムーカイに合わせるようにうんうんと頷く。

 ニャー。

 いつの間にか、シャミーが良晴の足元に来ていた。「おかえり」と言うように首を伸ばしてまた「ニャー」と声を上げた。良晴は両手をシャミーに差し伸べた。

「シャミー、お前も元気だったか?」

 もちろん、シャミーもシェアメイトとしての頭数に入っている。

「またちょっと大きくなったね。毛色が少し濃くなったか?」

 良晴はシャミーを胸に抱え、品定めをするように毛をなでた。

「そういえば、アリーのお別れ会はどうだった? 宇宙、泣いた?」
「なんで俺なの」

 宇宙が口を膨らませる横から、ワンちゃんがするりと良晴に教える。

「カラオケで歌いまくった」
「それ、ニコールでしょう」
「へえ、宇宙が。何歌うの?」
「だから、ニコール!」
「ちょっとソラ! 私が何したって?」

 宇宙が声を荒げたそのタイミングで、ニコールがダイニングに姿を現した。同時に歓喜の声を上げる。

「オー! よーしーはーる―!」

 シャミーを床に置いて立ち上がった良晴が、天使が羽を広げるように両手を広げた。

「ニコール、おかえりー」
「おかえりは良晴だよー」

 二人がハグをする姿も以前と変わらず。

「良晴、随分変わったね。地元で恋でもしたの?」
「そんなのないよ~。つか、変わってないから~」

 相変わらずストレートなニコールの物言いに、良晴が目じりを下げる。

「シェアハウスも全然変わってないから。あ、黄金でちょっとあったけど」
「え、アリーの後にもう新しい人が入ったの?」
「ううん。黄金においでよってみんなで誘ったんだけど、結局今日、フィリピンに帰っちゃった。ね、現さん」
「なになに? それ、何の話?」

 良晴が今までの二倍くらいの大きさに目を広げ、筋の通った鼻先をニコールに付き出した。

「あれ、良晴まだ聞いてないの?」
「そうそう。良晴に話すことがいっぱいあるよ」

 現が口を開くよりも素早く、ムーカイが機関銃を撃つようにあれこれと説明を始めた。



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 次回、最終話です m(__)m


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